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2018
05.09

「分からないもの」に思う ②/④

Category: 未分類
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 そのとき、ある本(月刊MOKU)から知った「環世界」という言葉を思い出しました。橋本諄一郞氏は、「宇宙を創造した生命の意思」と題したエッセイの中で、「環世界」について次のように説明していました。その要約です。
 ミツバチは蜜を集めて野原に飛んでいく。そこには咲いている花もつぼみの状態の花もあるが、ミツバチは蜜の吸える花の間だけを飛び回る。ミツバチは、それぞれの花を認識し、蜜が吸える花か吸えない花かを判断して飛んでいるのではなく、つぼみはミツバチに見えない。ミツバチの環世界(動物が主体的に意味を与えて構築した世界)には、つぼみは存在していない。ミツバチが間違って、人間が正しいということではなく、それぞれの動物は別々の環世界を持っており、人間を含めてどの生物にも客観的な真理などは見えない。
 以下、たいへん乱暴な推理であり、お叱りを受けるかも知れませんが、作者には、ミツバチと同じように、「サッポロ一番」の袋しか見えていないのではないでしょうか。「環世界」という概念は、一般に動物に当てはめて考えられる場合が多いようですが、人間についても同様のことが言えるのではないかと思うのです。
 男性と女性、若者と高齢者、健常者と障がい者、あるいは人間一人一人が持つ経験や価値観などの違いによって、異なる世界を認識して生きています。自分の世界での常識が相手の世界でも常識である保障などどこにもありません。その意味では、私たちは、個々に「環世界」の中でものを見ていることになります。
 私たちの周りには、肉眼によっては捉えられていないものがたくさんあります。分かりやすいところでは、紫外線や赤外線がそうでしょう。また、分子や原子、さらには素粒子といった、ミクロの世界にあるものも肉眼で見えません。さらには、宇宙に広がる銀河や星々など、マクロの世界にあるものも、肉眼で見られるものは限られています。
 ただし、これらのものも電子顕微鏡や電波望遠鏡など、特別な観測器具を使えば観察できます。小柴昌俊博士(ノーベル物理学賞受賞)ゆかりの岐阜県のスーパーカミオカンデは、ニュートリノを観測できる施設として知られています。(以下、②/④につづく)
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