2017
12.23

成仏の姿 ①/②

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 親戚のA氏が亡くなられ、通夜に参列しました。長年、一人で高齢の実母の介護をされ、実母が99歳で亡くなってからは、10数年、一人暮らしだったと聞きました。享年86歳でした。ほんとうによく頑張られたと思います。
 亡くなる1週間前、お見舞いに伺った時には元気そうで、意思表示もできるほどでした。それだけに、お通夜で、お顔を拝見したときには、不思議な気持ちにもなりました。そして、ある子供じみた疑問が湧き上がってきました。それは、A氏の肉体や精神を働かせていたのは一体、何であったのだろうかというものでした。亡くなられるまでは、A氏の肉体や精神を動かす何者かがあったはずなのですから…。
 そのとき、次のようなことが頭に浮かびました。
 手袋を考えてみます。当たり前ですが手袋は、それ自体で動くことはありません。しかし、一旦、そこに人間の手が入れば、まるで生き物のように動き出します。グーを作ることも、チョキを作ることも、パーを作ることも自由自在です。ところが、当然のことながら、手が外されてしまえば、途端に手袋は動かなくなります。言うまでもないことですが、手袋は手の力を得て動くことができたのです。
 飛躍するかも知れませんが、生きとし生ける物と、その生理機能を統合的に司る力(以下、“大いなる力”とします)というのは、先の手袋と手の関係に似ているのではないでしょうか。生きとし生ける物は、一つの例外もなく“大いなる力”を得て、生理機能を維持させています。
 ただ、“大いなる力”とは何かと問われても、私たちには答えようがありません。しかし、いくら科学技術が進んでも、人間がハエ一匹、カ一匹作れないように、“大いなる力”は、人知の遠く及ばぬところにあるものです。また、手は目に見えますが、“大いなる力”は、目に見えません。もちろん聞くことも、嗅ぐことも、味わうことも、触れることもできません。ただ“大いなる力”としか言いようのないものです。
 言わずもがなではありますが、仏教では“大いなる力”は「仏」あるいは「仏性」と呼ばれます。「一切衆生悉有仏性」という仏教思想の原点は、ここにあるのだと思います。つまり、生きとし生ける物は、すべて「仏(仏性)」という、いわば見えない「手」によって動かされているということです。(以下、②/②へつづく)

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