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2017
10.28

心の鏡R ③/⑦

Category: 未分類

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 このように、「心」には、複数のツールを通して外界のものが映し出されます。ここまでは、鏡とよく似ています。
 ところが、「心」は、その後、映し出されたものに現実的な意味づけや価値づけなどをしていきます。 また、鏡が目の前の対象物を忠実に映し出すのに対して、「心」が映し出すものは必ずしもそうでない場合があります。ここのところは鏡と大きく異なります。

 『般若心経』では、感覚器官ことを「眼・耳・鼻・舌・身・意」と詠まれています。「六根(ろっこん)」とも呼ばれます。そして「心」は、この「六根」を通して形成されるとされます。
 ところが「六根」の中でも「意」、つまり意識の働き方には気をつけなければなりません。ここでいう意識というのは、エゴ(自我、あるいは我欲・我執)のことです。分かりやすく言えば、自己愛からくる身勝手な感情の働きです。
 「眼・耳・鼻・舌・身」の「五根」は、意識の影響を受けながら観たり、聴いたり、嗅いだり、味わったり、触れたりして、外界の世界を認識していきます。しかし、その過程で、意識から“好み”や“都合”などの形で横やりを入れられ、正常な働きを妨害されてしまいます。そのために「心」は、真実の姿を正しく映し出せないこともあります。
 このように考えると、外界からの情報をより正しく映し出す能力においては、「心」は、鏡よりも劣っていると言えるかも知れません。

 ところで、動物にも「心」はあるのでしょうか?
 これまでの論理に立てば、動物にも当然「心」があると言わざるを得ません。動物たちには、眼もあれば、鼻もあるし、耳もあります。舌もあるし皮膚感覚もあります。動物たちも、これらのツール(感覚器官)を通して、外界の対象物から情報を取り入れ、対象物を「心」に映し出しているはずです。そして、その過程では、それなりに意識の影響もあるだろうと思われます。
 とは言え、動物の意識は人間のそれに比べれば微弱なものでしょう。いえ比較すること自体が無意味なのかも知れません。それほどに人間のもつ意識は、強力であるということです。 (以下、④/⑦につづく)

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さくらdot 2017.10.28 12:13 | 編集
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