2017
09.22

本当の“幸せ”とは ③/③

Category: 未分類
岩崎恭子1 [岩崎恭子選手]
 最後に、ある倫理団体の会報(「倫風」)から知った興味深い話を一つ紹介させていただきます。バルセロナ五輪で大活躍した岩崎恭子選手にまつわるものです。
 岩崎恭子選手は、バルセロナ五輪の平泳ぎで、日本代表としてレースに出場しました。このとき14歳でした。しかし、大会前には自由形の千葉すず選手に注目が集まり、彼女への期待は必ずしも高いものではありませんでした。
 ところがいざふたを開けてみると、岩崎選手の活躍は目覚ましく、世界の強豪選手を制して見事金メダルを獲得しました。しかもオリンピック新記録での優勝でした。
 ご記憶の読者も多いと思いますが、レース直後のインタビューに答えた彼女の口から飛び出したのが、「今まで生きてきた中でいちばん番幸せです」という言葉でした。
 ところが、この大会以降、岩崎選手は大きなスランプに陥りました。いくら練習しても記録が伸びず、マスコミなどからのバッシングも始まりました。窮地に追い込まれた彼女でしたが、ひたすら練習に打ち込む一方、周りの人にも支えられて次のアトランタ五輪の出場権を得ました。しかし、結果は200メートルのレースでは10位、100メートルのレースでは予選落ちとなりました。
 後日、インタビューに答えた彼女は「アトランタの結果は、私の人生の中でバルセロナの金メダルに等しいものだった」と振り返りました。ところが意地の悪い記者から、次のような質問が浴びせかけられました。「バルセロナのときとどっちが幸せですか」と。すると彼女は次のように返しました。
 「幸せに順位をつけることはできません。今はふだんの生活の中で、周りの人に恵まれて楽しく暮らしていることが幸せです」と。

 オリンピックで金メダルを獲得したときの“幸せ”周りの人に恵まれて楽しく暮らしていることの“幸せ”、岩崎選手はそのどちらも“幸せ”と言っています。しかし、その中身は明らかに異なります。無文老師の言葉を借りるなら前者は「こちらから求めたもの」であり、後者は「他から自然に与えられたもの」です。また、前者が一過性の“幸せ”であるのに対して、後者は持続する“幸せ”です。相手に合わせて生きていくことで得られる“幸せ”が、後者に当たることは言うまでもありません。
 岩崎選手は、アトランタ五輪で負けました。しかし、そのことを心の中に引きずることはありませんでした。「私心」から生じる「求める心」を封印したのだと思います。そして、代わりに今の自分が周りのたくさんの人たちに支えられ、守られて存在しているという事実に心静かに目を向け、金メダルを獲得したときの“幸せ”とは異なる“幸せ”に気づいたのだと思います。これが「究極の主体性」、つまり「任せきれる強さ」ではないでないかと思うのです。
 私もいい歳になってきました。いつ如何なるときにも「究極の主体性」を発揮できるように心の準備が整っていなければならないのですが、未だに心許ないないのが現状です。悲しいかな、私には永遠の課題だろうと思っているところです。(〆)

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