2016
09.17

オリンピック精神とは?②/④

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invade4.jpg [妨害を受けるデ・リマ選手]
 2004年アテネオリンピック最終日。最後の種目である男子マラソンがスタートしました。目指すのは、世界で一番速いランナーに与えられる月桂冠と金メダル。選手たちは黙々と走りながら、どこで集団を抜け出してスパートするか、状況を見ながら判断しています。
 20㎞過ぎでスパートしたのがブラジルの・デ・リマ選手でした。力強い走りに誰もついていけません。金メダルは彼ものだと、誰もがそう思いました。
 ところが残り6㎞というところで、沿道から飛び出した男がデ・リマ選手をコースの外へ押し出したのです。周りの人が男を取り押さえ、デ・リマ選手はコースに戻りました。
 けれども突然のアクシデントにデ・リマ選手は、今までのように走れません。まもなく後ろから追ってきたイタリアの選手に抜かれ、アメリカの選手にも抜かれました。このとき、デ・リマ選手にはこのままズルズルと追い抜かれてしまう可能性もありました。しかしデ・リマ選手は最後の力を振り絞って走りました。
 競技場に戻ってきたデ・リマ選手を観客は立ち上がって大きな声援で迎えました。鳴り止まない拍手の中、デ・リマ選手は手を振ってみんなに投げキッスをしながら笑顔でゴールしました。思わぬトラブルにもめげることもなく、堂々の3位でのゴールでした。
 ゴールした後、デ・リマ選手は笑顔で答えました。
「メダルの色は私には重要ではありません。オリンピックの舞台に立てたことが最も大切だったのです。」


 デ・リマ選手のレースを妨害した男の行為は決して許されるものではありません。しかし、起きてしまったことを心の中で引きずることなく、諦めずにレースに戻り、笑顔でゴールしたデ・リマ選手の姿には心を打たれます。また、ゴール後、妨害した男への不平を一切口にすることなく、「メダルの色ではなく、オリンピックの舞台に立てたことが重要だった」という言葉に、無上の潔ぎよさを感じます。これぞまさしくオリンピック精神の発露と言えるのでないでしょうか。

 オリンピックを観戦するとき、私たちには国籍はもとより、メダルの色、メダルの数などにこだわる習性があります。それらに一喜一憂する自分がいるのは確かです。それを否定はしません。しかし、また別のところでこのような話に深く心を打たれる自分がいるのも確かです。
 デ・リマ選手は、ブラジル人選手です。しかし、この逸話が私たちの心に届いているとき、彼の国籍などまったく意識の中にないことに気づかされます。肌の色や言語、文化、宗教、習慣なども同様です。その潔さ、清々しさ、爽やかさなどに対して純粋に心を打たれる自分がいます。仮に、前者を「第一の自分」とするなら、さしずめ後者は「第二の自分」ということになるのかと思います。(以下、③/④につづく)


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