2017
03.30

アドラーの心理学から③/⑤

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 では「共同体感覚」というときの共同体というのは何のことを指すのでしょう。アドラーの言葉です。
 共同体とは、さしあたって自分が所属する家族、学校、職場、社会、国家、人類という全てであり、過去、現在、未来の全ての人類、さらには生きているものも、生きていないものも含めた、この宇宙全体を指している。
 その上でアドラーは、「人生の意味」は全体(共同体)、あるいは他者への関心・協力であるとし、他者への関心を持てる人だけが、他者に貢献し、貢献感を持つことができると考えました。

 以上、アドラーの提唱した心理学の理論についてその概略を紹介してきましたが、そこで仏教との接点です。
 私は仏教で説かれるいくつかの言葉が頭を過ぎりました。「利他即自利」「自他利行」「諸法無我」「自他一如」「万物と我と一体」「天地と我と同根」などがそれです。どの言葉もこれまで本ブログで紹介してきたものばかりですが、いずれも大乗仏教の根本理念を表すものであることに共通点があります。
 仏教には大きく分けて、大乗仏教と小乗仏教があります。大乗には「大きい、優れた乗り物」という意味があり、これと対になる小乗には、「小さい、劣った乗り物」という意味があります(ただし小乗仏教という言い方は、大乗を自称する仏教徒が、従来の仏教に一方的に投げつけた蔑称で、正しくは上座部仏教と呼ぶべきだとされます)。
 小乗仏教は、出家中心の仏教で、修行と勉学に精励し、自己の解脱(悟りに至ること)が優先されます。東南アジアに伝わる仏教は小乗仏教の流れに属し、南伝仏教とも呼ばれます。
 一方、大乗仏教というのは、小乗仏教がひたすら自己の解脱を求めた仏教であったのに対し、自己の解脱と併せて衆生(人々)を救うべきであるという立場をとります。東アジアに伝わった仏教はこの流れを受け継ぐもので、北伝仏教とも呼ばれます。言うまでもなく、日本に伝わった仏教は大乗仏教の流れを汲むものです。(以下、④/⑤につづく)
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