2016
05.11

「点」と「点」を結ばない ①/③

Category: 未分類
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 2歳半になる孫が毎日やってきます。そんな折、これまで撮り溜めてきた写真を見せることがあります。当然のことながら、その成長ぶりは目を見張るものがあり、新生児のころの写真から今の孫の姿を思い浮かべることはできません。
 それは孫にとっても同じはずです。その写真を見せれば、そこに写っている“奇妙なもの”が自分であるとはとても信じることなどできないはずです。当然のように、孫は戸惑いの表情を見せます。写真を見つめ、ただぽかんとしているだけです。そんなとき私がいつもかける言葉は、次のようです。
 「これは、Aちゃんの赤ちゃんのときの写真だよ。これはAちゃんなんだよ」と。
 2歳半にもなると、学習する力はそれなりに芽生えてきています。こんな働きかけを繰り返せば、孫にも写真に写っている“物体”が自分であるという認識はできてきます。そして、写真を見せれば、即座に「Aちゃん」と答えるようにもなります。学習ができたということでしょう。
 ただ、これは孫にとっては不本意なことなのかも知れません。それは「奇妙なもの=Aちゃん」と教えられ、そう答えているだけだからです。孫にしてみれば、鏡で見る自分以外に自分はいないのですから…。
 孫が、今の自分だけが自分であると思うことは至極自然なことです。私が撮り溜めた孫の姿は、誕生直後、生後1週間、1ヶ月、3ヶ月、半年、1年、2年と明らかに異なります。しかし、そのときそのときで、それは紛れもなく孫の姿を収めたものです。
 いうまでもなく人間は新陳代謝を繰り返しています。それは細胞の更新であり、言葉を換えるなら“人間の更新”とも言えるものです。人間は約7年で、構成分子の全てが入れ替わると聞きます。極端に言うなら、昨日の自分と今日の自分は異なるし、今日の自分と明日の自分も異なるという理屈です。つまり、同じ自分はないということです。もし「あなたは誰ですか?」と問われたとしたら、「一体いつの自分のことですか?」と、逆に問い返すしかないのではないでしょうか。
 自分の写真を見たときの孫の戸惑いというのは、この事実に直面することによって生じるものではないかと思うのです。孫には「今」しかないのです。つまり、孫は「点」でしか物事を捉えていないのです。(以下②/③につづく)

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