2017
01.21

一日不作一日不食 ①/③

Category: 未分類
短冊
 6年ほど前から、臨済宗系の禅のセミナーに通っています。講師は山川宗玄老師[(岐阜美濃加茂市の正眼寺(しょうげんじ)住職]です。これまで白隠禅師の「遠羅天釜(おらてがま)」、廓庵禅師の「十牛図(じゅうぎゅうず)の講義を拝聴してきました。現在は「発句経(ほっくきょう)の講義を受けています。
 このセミナーには、受講回数が一定の基準に達すると一つの楽しみがあります。老師の揮毫された短冊がいただけるのです。前回いただいた短冊は、雲門文偃(うんもんぶんえん)禅師にまつわる「東山水上行(とうざんすいじょうこう)という禅語でしたが、今回は、「一日不作一日不食」でした。これは百丈懐海(ひゃくじょうえかい)禅師の残した、たいへん有名な禅語です。「一日作(な)さざれば、一日食(く)らわず」と読みます。
 中国・唐の時代に活躍した百丈禅師(749~814)は、それまでの禅寺の生活様式を改革、整理して「百丈清規(ひゃくじょうしんぎ)と呼ばれる規則をつくった禅僧で、禅が禅宗という一つの宗派を確立する基礎をつくったとされる高僧です。また禅宗の法脈上(とりわけ臨済宗)にあって最も尊崇される僧侶の一人でもあります。
 ちなみに「百丈清規」には、上下、老若の区別なく、お寺にいる全員が力を平等に作務(さむ)につくこと、つまり働くことが定められてます。
 そこで「一日不作一日不食」ですが、この言葉には次のような逸話が残されています。細川景一(ほそかわけいいつ)著「白馬蘆花(はくばろか)に入る」をもとに紹介します。
 百丈禅師(以下、禅師とします)自身も毎日の作務に熱心だったようで、80歳を過ぎても毎日の作務を怠ることがなかったようです。そんな禅師の体調を気づかって、弟子たちは「作務はもうやめて、お休みください」と申し出ますが、禅師は黙って聞くだけで、一向にやめようとはしません。一計を案じた弟子たちは、「道具がなれけば作務もできないだろう」とばかり、禅師の箒や鍬など道具を隠してしまいます。
 禅師はやむなく作務をあきらめ部屋に戻りますが、それ以後は一切食事を摂りません。心配した弟子たちは、「お加減でも悪いのですか」とお伺いを立てます。すると、禅師は淡々として答えます。
 「一日不作一日不食(一日作さざれば、一日食らわず)」と。
 それを聞いた弟子たちは、自分たちの考えを恥じ、道具を元に戻したというのです
禅師にとっては、仏に近づくための務め作すことが作務であったわけです。
(以下、②/③へつづく)
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