2016
12.29

除夜の鐘①/①

Category: 未分類
 joyanokane_yuki.png
 今年も残りわずかとなりました。大晦日にお寺で鐘を突く光景は、日本の風物詩としてすっかり定着しています。また、直接、鐘を突かなくても、遠くにその鐘の音を聴くだけで、大晦日を感じるのは、私一人ではないと思います。
 ところで、除夜の鐘の数はといえば「百八つ」…。人間にあるとされる「百八つ」の煩悩を鐘を突くことによって取り除くというのが、その意味だと説明されています。
 では、なぜ「百八つ」か?諸説があるようですが、面白い話があります。
 「四苦八苦」という言葉あります。日常的によく使われているので、耳慣れた言葉ではありますが、語源は仏教にあります。
 仏教では、大きな四つの苦しみと、これとは別の四つの苦しみがあると説きます。大きな四つの苦しみとは、「生・老・病・死」のことです。
 「生」…生まれる苦しみ
 「老」…老いる苦しみ
 「病」…病む苦しみ
 「死」…死ぬという苦しみ
 次に、これとは別の四つの苦しみとして、次のようなものをあげています。
 「愛別離苦(あいべつりく)」…愛するものと別れなければならない苦しみ
 「怨憎会苦(おんぞうえく)」…憎いと思うものと出会わなければならない苦しみ
 「求不得苦(ぐふとっく)」…欲しいものが手に入らないという苦しみ
 「五蘊成苦(ごうんじょうく)」…生を受けていることそのものの苦しみ 
 前の四つの苦しみと後の四つの苦しみと合わせて「四苦八苦」といいます。仏教特有の面白い数え方です。
 そこで、除夜の鐘の「百八つ」に戻りますが、「四苦八苦」の「苦」を「九」に置き換えてみます。すると、「四九八九」となります。
 これをかけ算の九九に当てはめてみましょう。「四九」は「4×9」ですから「36」、「八九」は「8×9」ですから「72」…。
 次に、この二つの数字を足してみます。すると「36+72」ですから、答えは「108」ということになります。いかがでしょうか?
 よく考えたものだと思います。ただ、人間の煩悩の数が「百八つ」というのはどうなのでしょう。少なくとも、私の場合には、この数に収まらない煩悩があるように思えるのですが…。
 仏教には、「八万四千の煩悩」という言葉もあります。人間には、八万四千の煩悩があるから、その煩悩を根絶するために、八百四千万億の仏に会わなければならないとも言われます。正直なところ「八万四千」は、さすがに多すぎるのではないかと思うのですが、仮に一日に3種類の煩悩が生じ、80年の生涯を送ると想定してみましょう。すると、「3×365×80」ですから、延べにして「87,600」の煩悩ということになります。こう考えると「八万四千」という数字も、あながち根拠のないものではないようにも思えてきます。
 ちなみに、一日に3種類の煩悩というのは、私にとっては、極めて控えめな設定です。「3+α」となれば、恥ずかしながら、その数は増加の一途をたどることになるでしょう。
 幸いにして、我が家に最寄りのお寺は、例年、参拝者が多く、「百八つ」をはるかに超える鐘が打たれるようです。大晦日には、その音を聴きながら、限りなく無限に近い我が煩悩が一つでも多く取り除かれることを念じつつ、床につきたいと思っているところです。では、みなさんもよいお年をお迎えください。(〆)
                           (再掲 2011.12.27~30)
53-1.jpg 
※クリックすると拡大して見られます。
次回は「飾り餅と七福神」を掲載(2回配信)します。ぜひ、ご訪問ください。
スポンサーサイト

トラックバックURL
http://zitaichinyo.blog.fc2.com/tb.php/545-9f1c0551
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top