2016
11.19

恥ずかしいから使わない ③/③

Category: 未分類

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 昨年度、パリでCOP21が開催されましたが、合意文書の作成にたいへん難航しました。先進国、発展途上国が、それぞれの立場から自国に有利な主張を譲らなかったために、なかなか接点を見い出せなかったことがその原因でした。立場が違うのですから、言い分が異なるのは当然のことではあります。また、文明を全否定するなどということも現実的ではありません。
 ただ、地球温暖化の問題に代表されるように、地球を取り巻く問題はますます混迷を深めています。また国家間の経済格差から生まれる貧困に根を持つテロ集団の暴挙も深刻化しています。これなどは機心(偽りを企む心)による「人道」への背信と言ってよいでしょう。笑い話のようではありますが、このままでは将来、人類(ホモサピエンス)が絶滅危惧種の一つに加えられるのかもしれません。いえ、今私たちはその瀬戸際にあるのではないでしょうか。
 以前、本ブログ『世界で一番貧乏な大統領』で紹介したムヒカ大統領の演説の中に、次のような言葉がありました。


 目の前にある危機は地球環境の危機ではなく、わたしたちの生き方の危機です。(中略)ほんとうの原因は、わたしたちがめざしてきた幸せの中身にあるのです。見直さなくてはならないのは、私たち自身の生き方なのです。


  誠に鋭い警句だと思います。ムヒカ大統領の言う見直すべき私たちの生き方というのはどのようなことなのでしょうか。三つのことを考えてみました。
 一つには“より多くのモノを手に入れるようとする社会に満足などというのは幻でしかない”という自覚ではないでしょうか。
 二つには“心の満足は、決してモノによってのみもたらされるものではない”という確信ではないでしょうか。
 三つには、“今、文明の力を使えばそれが可能だけれども、敢えてしないでおく”という英断ではないでしょうか。
 「モノで栄えて心滅ぶ…」、これでは、人間の在り方としては本末転倒になります。荘子の考える「恥ずかしさ」のもとは、まさにここにあるのではないかと思うのです。
 結局は、発想の転換を迫られているのだと思います。禅で推奨される「少欲知足」という実践徳目も、荘子のこの思想に源流があるのかも知れません。シンプルであることが人間らしさを取り戻す鍵であり、「退歩」こそが実は「進歩」である…。それが人間として「恥ずかしくない」生き方に通じていく…。荘子の主張のポイントはこんなところにあるのであるないでしょうか。
 ただ、私たちにはそれが容易なことではないのです。(〆)
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※クリックすると拡大して見られます。

次回は、「“いのち”の引っ越し」を掲載(4回配信)します。ぜひご訪問ください。



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