2016
07.18

庭石に根づいた松 ①/④

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image_13627098953.jpg [山川宗玄老師]

  数年前から禅に関するセミナーに参加しています。講師は、山川宗玄老師(やまかわそうげん)(岐阜県 正眼寺住職)です。ちなみに正眼寺(しょうげんじ)は、臨済宗妙心寺派の専門道場(修行僧たちのために開かれた寺)で、“天下の鬼叢林(てんかのおにそうりん)との異名もある、たいへん厳しい修行で知られる寺院です。
 セミナーでは、これまで山川老師からは、白隠禅師の「遠羅天釜(おらてがま)廓庵和尚(禅師)の「十牛図(じゅうぎゅうず)の講義を拝聴しました。いずれも高度な内容ばかりであり、勉強不足の私にはレベルには合わないのですが、その周辺にある老師の体験談や実話などがたいへん興味深く、毎回、楽しみに会場のある名古屋まで足を運んでいます。
 その山川宗玄老師(以下、老師とします)が、先日、テレビ出演されました(NHK Eテレ「心の時代」)。タイトルは「日々是好日-生かされて生きる-」でした。 番組は、ディレクターとのインタビュー形式で進められましたが、セミナーで拝見する様子と変わることなく、いつもながらの穏やかで、気負いも衒いもない話ぶりに、改めて老師の器量の大きさを感じました。
 お話の中では、大きく4つの柱があったように思いました。それは、およそ次のようなものでした(ただし、あくまでも私の受け止めであり、必ずしも老師の意図に叶うものではなことを断りしておきます)。
  修業時代のこと(入門直後、厳しい修行の中での不思議な体験)
  ○ 他力と自力の関係(正眼寺の庭石に根づいた松の幼木の実話)
  ○ 仏法に奉じること(手巾を身につける意味と気づかされた自我の働き)
  ○ 「好日」の語に込めたもの(末期癌の女性に贈った「好日」という言葉と女性の心の変容)               
                   
 禅セミナーで伺った話も含まれていましたが、改めて興味深く拝聴したのは、「自力と他力」についてのお話でした。
 「他力浄土門(たりきじょうどもん」、「自力聖道門(じりきしょうどうもんなどという言い方もあるように、「他力と自力」の問題は、「浄土門(浄土宗、浄土真宗などの宗派の総称)」と「聖道門(臨済宗、曹洞宗などの宗派の総称)」の間でよく取り上げられる問題だと認識しています。
 ちなみに、別の機会ではありましたが、他力については、次のような説明を目にしました(鈴木永城著「お経の意味がよくわかる本」より)。

 阿弥陀仏の本願をよく信じて喜びの心を起こせば、煩悩を断たなくても悟りを開くことができる。
 一方、自力については、次のように理解しています。
 外部にある力に頼らず、自分の力を信じ、厳しい修行により煩悩を断つことで、悟りを開くことができる。 (以下、②/④につづく)

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※クリックすると拡大して見られます。

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