2016
06.16

言葉が通じない ②/④

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 ところで、すでにお気づきの読者もあるかと想いますが、老師はこの本の中で、「バベルの塔」の話を引用していました。旧約聖書の「創世記」中に登場する巨大な塔にまつわる神話です。共同作業により塔を造ろうとしていた人間たちに、神は、別々の言語を与えるという方法で罰を与えたというあの件です。老師の話をもとに調べてみると次のようでした。
 神はノアの息子たちに世界の各地を与え、そこに住むよう命じていた。しかし人々は、石の代わりに煉瓦を漆喰の代わりにアスファルトを用いるなど、新技術を用いて天まで届く塔をつくり、名声を上げ、人間が各地に散るのを免れようと考えた。神は降臨してこの塔を見て、「人間は言葉が同じなため、このようなことを始めた。人々の言語を乱し、通じない違う言葉を話させるようにしよう」と言った。このため、人間たちは混乱し、塔の建設をやめ、世界各地へ散らばっていった。
 旧約聖書によれば、神は「バベルの塔」の建設という行為に対する“罰”として、人間から言葉を奪ってしまったということです。もちろんこれは神話の世界での話ではありますが、この話は何を伝えようとしているのでしょうか。
  まず、人間にとって「バベルの塔」とは何のことなのでしょうか。くどくどしい解説は不要かと思います。それは、人間の驕りを象徴するものでしょう。神が人間から共通の言葉を奪ったのは、人間の驕りを戒めるための神罰だったということです。
 さらに、「バベルの塔」には、人間が求める豊かさのシンボルとしての意味もあるかと思います。では、人間が求める豊かさとは何でしょうか。一言で言えば、物質的豊かさではないでしょうか。科学技術の発達がもたらす、さまざまな苦労からの解放という言い方もできるかも知れません。
 汚いこと、辛いこと、危ないことなど、嫌なことはできるだけ避けて通りたいのが私たちの常です。めざましい発達を続ける科学技術のお蔭で、私たちはずいぶん嫌なことから解放されました。今や多様で精巧な機械やコンピュータなどが、完璧なまでに人間の代わりをしてくれています。(以下、③/④へつづく)

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