2015
07.30

竹が割れた ①/④

Category: 未分類

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星野富弘氏による、次のような詩に出会いました。


 竹が割れた
 
こらえにこられて倒れた
 しかし竹よ その時 おまえが
 共に苦しむ仲間達の背の雪を
 払い落としながら倒れていったのを
 私は 見ていたよ

 ほら倒れているおまえの上に
 あんなに沢山の仲間が
 起き上がっている 


     読者は、この詩をどのように受け止められたでしょうか?雪に覆われた竹林に訪れた一瞬の変化を描いたものではありますが、単なる自然の一風景として受け止められた方は少ないのではないでしょうか。
 ご存じの通り、作者の星野富弘氏は、24歳のとき、体育教師としてクラブ活動の指導をしていたとき、不運にも頸椎を損傷し、首の下からの運動機能をすべて失うという大きなハンディを負いました。しかし、それにもかかわらず、口に筆をくわえて文や絵を描き、観る人に大きな感動を与えている詩人・画家です。その星野氏が作った詩であるということに特別な感慨を持つのは私だけではないと思います。
 星野氏の意に背くことになるのかもしれませんが、私は、この竹林に人間の有り様を重ね合わせてしまいます。今年も終戦記念日が近づきました。78年前に起きた盧溝橋事件(ろこうきょうじけん)に端を発して日中戦争が始まり、その後、日本は太平洋戦争へと突き進んでいきました。そして、1945年8月15日の終戦に至るまで、一連の戦争を通して、甚大な人的被害、物的被害を受けることになりました。まことに季節外れではあるのですが、雪の重さに堪えに堪えて倒れて割れた竹を、戦争で犠牲になられた人に喩えたら、深読みが過ぎるでしょうか。
 戦争に伴う労苦は、戦場に行った人、銃後を守った人を問わず、当時の日本国民のすべての人々に等しくのしかかっていたはずです。そして、その中で人々は耐え難きを耐え、忍び難きを忍びながら、日本の勝利を信じ、必死に生き抜こうとしてきたのだと思います。
 終戦を迎えたとき、戦場で命を落とした人、あるいは原爆投下も含め、空襲によって命を落とした人は、まさにこの詩の“割れて倒れた竹”のように、戦争という大きな悲劇を背負い、それを払い落とすようにしながら、彼の地へ旅立たれたのではないでしょうか。そして、生き残った人々は、その跡にたくましく復興の歩みを始めたのだと思います。(以下、②/④につづく)

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