2016
02.17

「氷の島とねこ」」②/④

Category: 未分類
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 主人公は氷の島ですが、それに人間の有り様を重ねて見てしまうのは、私だけではないと思います。
 いつも仏教のものの見方、考え方に結びつけてしまう悪い癖をなかなか改められないのが困りものですが、この話もそんな視点から眺めてみると、いろいろなことを教えられるように思います。
 これまでも紹介したように、仏教には、「六道輪廻(ろくどうりんねという思想があります。「六道」とは、「天道」「人道」「阿修羅道」「畜生道」「餓鬼道」「地獄道」のことです。いつも言うように、死後の世界を喩えたものではありません。現世を生きている私たちの心が、日々、この六つの道を迷い、巡っているという考え方です。
 「六道」については、私たちの心が次のような状態にあるときだと理解しています。以下、それを前提として、話を進めていきたいと思います。
 ・「天道」…喜びの真っ直中にあるとき
 ・「人道」…心が平穏な状態にあるとき
 ・「阿修羅道」…争いの中にあるとき
 ・「畜生道」…本能の赴くままにあるとき
 ・「餓鬼道」…際限のない欲望を抑えられないとき
 ・「地獄道」…罰を受けていると感じているとき

 氷の島(以下、島とします)は、いつもさみしい思いをしていました。それだけに、ねこが流れ着いたときの喜びは大きななものでした。ねこに対して施した様々なおもてなしが、それをよく表しています。そして、楽しそうなねこの様子を見て、島は幸福感に浸っていました。
 この時の氷の島の心を「六道輪廻」の思想になぞらえるなら、さしずめ「天道」といったところではないでしょうか。喜びの真っ只中にあり、有頂天になっている様子です。
 しかし、島は、だんだん不安になってきます。それは、ねこの心が自分から離れてしまうのではという疑念からでした。しかし、そこに別の心理が働いていたことは明白です。植物や動物で溢れるみどりの島に対して、それまで抱いていた羨望は、嫉妬心に変わり始めたのです。それは、ねこを独り占めしたいという欲望と表裏一体をなすものともいえるかと思います。
 このときの島の心は、「六道」のうちのどの心になぞえることができるでしょうか。そこに、みどりの島に敵がい心を燃やしている姿を見て取るなら、その心は、さしずめ「阿修羅道(あしゅらどう)にあるといえるでしょう。また、ねこをみどりの島から引き離そうとする場面にクローズアップするなら、際限のない独占欲をコントロールできない「餓鬼道(がきどうにある様子とも言えるでしょう。いずれも、身につまされるような心の有り様です。(以下、③/④につづく)

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