2016
01.25

「天心が伝えようとしたこと」①/④

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1_20150222170312af8.jpg[岡倉天心]

 少し前のことになりますが、NHKのEテレにチャンネルを合わせたとき、偶然、
岡倉天心(おかくらてんしん)の著作本の一つに「茶の本」があることを知りました。
 恥ずかしながら、岡倉天心については、アメリカ人のフェノロサとともに近代日本における美術史学研究を開拓したこと、東京美術学校(現・東京藝術大学の前身の一つ)の設立に大きく貢献したこと程度の浅い理解で、正直なところ特別に関心を抱いたことのない人物でした。
 ところが、今回、テレビ番組を通じてではありましたが、その代表的な著作である「茶の本」に接し、この本が老荘思想(老子、荘子の築いた思想)や禅の思想を強く意識して執筆されていることを知ることとなり、早速、テキストを購入し、読んでみることにしました。テキストの著者は、大久保喬樹氏(東京女子大学教授)でした。
 テキストよると、「茶の本」は、茶の湯を日本の文化・思想の到達点と考えた天心が、それを欧米に向けて紹介するために英文で執筆され、ニューヨークで出版されたとありました。また、テキストには「百年前に自然との共生を説いた先見の書」という、魅力的な見出しも付けられていた。
 茶の文化は、4~5世紀に中国で始まり、唐代、宋代の変遷と発展を経て、日本には鎌倉時代、禅僧により本格的に紹介されました。そして室町時代に、禅と深く結びついた茶道が完成し、その後、華道を初めとして、日本のさまざまな芸術文化に影響を与えることになりました。
 その茶道ですが、テキストによると、天心はその背景にある哲学に触れ、その出発点は、中国の老荘思想にあるとし、それを引き継いだ道教、さらにそれを引き継いだ禅によって、日本に定着したと説いているとありました。そして、その哲学のポイントは、一つには「不完全性の美学」に、二つには「相対性の認識」にあると記されていました。
 では、一つ目の「不完全性の美学」とはどういうことでしょう。この論理が、この世に完全や完成、完璧などあり得ないという認識を前提にしたものであることは言うまでもありません。万物は常に変化し続け、少しの間も止むことはありません。あるとき完全や完成、完璧と見えたものも、次の瞬間にはそれが仮初めの姿であったと気づかされるのが常です。これが「諸行無常」ということだと思います。
 「不完全の美学」というのは、その事実を冷徹に見据えた上で、真逆の発想から打ち立てられた哲学と言えるでしょう。つまり、不完全であり未完成、未熟であるからこそ、その先に、完全や完成、完璧に向かって無限の可能性が内包されるということです。(以下、②/④につづく)

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