2015
12.27

「笑うと咲く」①/②

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 我が家で購読している朝刊のコラム欄(読売新聞「編集手帳」)に目が止まりました。次のような文でした。


 「改札の前で連れを待っているらしい中年の女性が「あっ、おにいさん、ちょっと」と声をかけた。通りかかった青年の襟から何かを外した。クリーニング店のタグらしい。「オッケー、いってらっしゃい」最初は呼び止められてびっくりしていた青年が、照れくさそうな笑顔で礼を述べた。通りすがりの知らない同士3、4人がつられて微笑した。小欄もその一人である。どうということもない駅頭の光景だが、温かい拾い物をしたような気分が残った。(以下略)


 なにげないやりとりではありますが、その中に「温かい拾い物をした」という筆者の気持ちはよくわかります。中年女性の小さな親切とそれを笑顔で受けた青年、そして、その様子を微笑ましく見つめていた通りすがりの人たち、なんとほのぼのとした心温まる光景でしょうか。幸せな気持ちになります。
 コラムの最後には、「花が咲くの『咲』という漢字には「笑う」という意味があるという」一文が添えられていました。この出来事を駅頭の雑踏の中に咲いた一輪の花にたとえた筆者の感性には、感心させられました。
 ところでいつも例に挙げる禅問答集「無門関」に、「拈華微笑(ねんげみしょう)」という不思議な則(問い)があります。  


  ある日、仏陀(釈迦)が、霊鷲山(りょうじゅせん)で説法されるというので聴衆が集まりました。ところが仏陀は、ただ黙って一本の華を中空に差し上げて聴衆に示されるままで、一言もお話しになりません。大衆は、その意味が分からず、ただぽかんとするばかりでした。
 そのとき一人、摩訶迦葉(まかかしょう)という弟子だけは、これに対してにっこりと微笑みました。
 すると、これを見た仏陀は、「吾に正法眼蔵、涅槃妙心、実相無相、微妙の法門あり。不立文字、教化別伝にして、これを摩訶迦葉に付嘱す(われにしょうぼうげんぞう ねはんみょうしん じっそうむそう みみょうのほうもんあり これを ふりゅうもんじ きょうげべつでんにして まかかしょうにふしょしょくす)といって、仏心印(ぶっしんいん)を授けられたというのです。
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  釈迦の言葉、「吾に正法眼蔵 云々…」の件は難解なのですが、その意味は概ね次のようです。
 私の「悟り」の智慧である「仏心印」を言葉で述べることなく、文字にも表すこともなくして、弟子の摩訶迦葉(以下、迦葉とします)に全て譲り渡した…。
 読者は、この話をどのように受け止められるでしょうか?一本の華を中空に差し上げることで説法しようとした釈迦の意図、そして、それを見た迦葉の微笑みの意味、さらには、その後の釈迦の言葉の真意など、この則には多くの問いかけがあり興味をそそられます。また、その一つ一つが難問です。 (以下、②/②につづく)

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