2015
11.09

「たてまえ」と「ほんね」の間で ③/⑤

Category: 未分類

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Q「こんなおばけが毎日出るといいわ」というお母さんの言葉を聞いた「ぼく」はどう思っただろう?

・お母さんはとても喜んでいる。
・認めてもらえたり、誉めてもらえたりしなくても、お母さんが喜んでくれるだけでいいのじゃないかな。
・これからももっと母さんの手伝いをして、お母さんを喜ばせよう。
 この段階で引き出される心情というのは、「たてまえ」でもないし「ほんね」でもありません。「お母さんが喜んでくれている」という事実への気づきから生まれるより高められた心情です。それは、母親から認められたいとか、褒められたいとかのレベルを超えたところにある道徳的な価値です。その意味では、「たてまえ」と「ほんね」を統合しています。これが、この授業がねらう「家族の一員としての役割」の自覚につながるものと考えられます。
 最後には、今日の授業についての感想を作文させて授業を終えます。

 以上、長々と場違いな記事を載せてしまったことをお許しください。お断りしておきますが、これは、あくまでも仮想の授業です。このように授業が進行すれば初期の目的が達成できるだろうという想定のもとで組み立てたものです。当然、これとは別の展開がいくつか考えられます。また、これが最適な展開であるとは思いません。
 授業は生き物です。実際の子どもたちの反応は、その場になってみないと分かりません。全く、予期せぬ展開になることもしばしばあります。しかし、そうはあっても、指導者は、事前にこのような準備をして授業に臨むことになります。それが、授業の難しさであり、また面白さでもあるのです。
 
 気になる詩がありました(「よくわかる 坐禅入門」藤原東演著)より)。




  「天使も悪魔もひとりの私」
  強いあなたと、弱いあなた。
  意地っ張りと、甘えん坊。
  わがままさんと、素直ないい子。
  どんな人の心の中にも
  天使と悪魔、ふたりの私がいるのです。
  質問、本当の自分はどっちでしょう。
  答え 三人目の私です。
  自分がふたりいるように感じるとき
  それを統合する「本当の自分」もいるんです。
  本当のあなたは
  天使と悪魔のちょうど真ん中。
  そのことに気づきさえすれば
  悪魔の衝動に負けることなく
  天使でいなくちゃと無理することなく
  自由な私でいられるんです。       (金盛浦子)




                                    (以下、④/⑤につづく)

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※クリックすると拡大して見られます。


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