2015
09.22

「『観音の力』を念じる」③/⑥

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 後半に読まれる『世尊偈(せそんげ』では、12頌(しょう)にわたって具体的に観音の力が説かれます。その一部を紹介します。
 ○たとえ害意によって大きな火の坑(あな)に落とされても、観音の力を念じれば、火坑は池に変わる。
 ○大海に漂流して龍や魚、鬼神の難に遭うことがあっても、観音の力を念じれば、荒波に飲み込まれることはない。
 ○須弥山(しゅみせん)の頂上から突き落とされそうになっても、観音の力を念じれば、太陽のように空中にあって落ちることはない。
 ○国王から迫害されて死刑を執行されようとするとき、観音の力を念じれば刀は見る見る間に折れてしまう。
 ○猛獣に囲まれて牙や爪をむいて襲いかかられようとしたときも、観音の力を念じれば、たちまちのうちにいずこかへ逃げ去るだろう。 
 ○空が雲り、雷がとどろき、雹や大雨が降ってきても、観音の力を念じれば、すぐに消えるだろう。   
 残りの6頌についても、観音の力について、このような調子で説かれていきます。
 これらの文言を驚きをもって受け止められた読者も多いことでしょう。『観音経』というのは、SF映画を先取りしたような虚妄の経典では…?「観音菩薩」は、“スーパーマン”よろしく虚構に彩られた存在では?…などが、その感想ではないでしょうか。
  しかし、これらの文言をそのまま鵜呑みにしていたのでは、『観音経』の真意を読み取ることはできません。文字通りの理解に留まるなら、この経典は荒唐無稽なものになり、その存在意義を失ってしまいます。これらはすべて喩え話として語られているということをおさえておかなくてはなりません。
 では、私たちは『観音経』が伝えようとする真意をどのように受け止めたらよいのでしょうか。そのヒントになる一文があります。8番目に出てくる頌ですがその原文は次のようです。
「呪詛諸毒薬(しゅうそしょどくやく)所欲害身者(しょよくがいしんしゃ)念彼観音力(ねんぴかんのんりき)還著於本人(げんじゃくおほんにん)
 その意味は、次のようになります。
 ○呪いの言葉や毒薬で身が危険にさらされても、観音の力を念じれば、それらの害は逆に呪い毒殺しようとした人間にふりかかかるだろう。  (以下、④/⑥につづく)

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