2015
05.05

「“目に見えないもの”の働き」⑤/⑤

Category: 未分類
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 こんなふうに考えてくると「五観の偈」の「一」は、私たちが食事をするときの心構えについて大切なヒントを与えてくれているように思います。
 日本には、古くから食事をする前と後に“両手を合わせる”という習慣があります。この習慣は、その姿も美しく、日本の文化を代表するものの一つだと思います。
 これには、食べ物を養い育ててくれた大自然の働きや食べ物にしてくれた人、食べ物となってくれた動物、植物などへの感謝の気持ちが込められていると思いますが、同時に、食べ物になってくれた動物、植物に対して「ごめんなさい。ゆるしてください」という心を示すものであると思います。そして、「あなたからもらった命の働きの分までがんばりますからね」という想いも込められているのではないでしょうか。さらには、“両手を合わせる”ことで、「わたし(右手)」と「あなた(左手)」は本当は一つであるということを改めて思い起こす意味もあるのかも知れません。
 ところで人間に食べられる動植物は人間にどんな気持ちを持っているのでしょう?もしも食べる、食べられるという立場が逆だったら、私たちは何と言うでしょうか。おそらくは、思い浮かぶあらゆる言葉を使って不満や怨み、悔しさ、あるいは恐ろしさなどを口にすると思います。
 それなのに、なぜ、動物や植物たちは、黙っているのでしょうか?
 「しゃべることができないから当たり前でしょ?」「 口がないから当たり前でしょ?」などと言う人もあるかも知れませんが、私はそうは考えません。
 食べられる動物や植物たちは、自分の命の働きが人間の体に移り、人間の命の働きに変化し、未来につながっていくことをよく知っていて、本当はみんな“目に見えないもの”からできた“兄弟”であることを心の底で分かっているから、何も言わないのではないかと考えたいのです。
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 もちろん、それを証明することはできません。でも、こんなふうに考えることで、動物や植物たちに対する私たちの想いは、より深くなるのではないでしょうか。
   私たち人間や動物、植物などの細胞をつくっている“目に見えないもの”、それは、目に見えないばかりか、声も聞こえないし、匂いも、味もしないし、触れることもできません。今まで誰も見たことがないし、これからも誰も見ることができないでしょう。そんな、「ある」とも言えないし、「ない」とも言えないような不思議なものではあります。でも、そのことについて考えを深めるとき、私たちは、人間はもちろん、動物や植物などに対して、もっともっと優しく温かい気持ちになれると思うのです。
 さて、みなさんはどう思いますか。(〆)   
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