2015
05.21

「一遍上人の伝えたこと」③④

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 すっかり満腹した男が、別れを告げて立ち去ろうとすると、富豪は、家で待つ妻子に、今夜食べたご馳走の中で、一番美味しいものを土産として持って帰るように勧めます。男は、白い粉を求めます。富豪は、白い粉を壺ごと渡します。
 帰宅した男は、得意顔で妻子に白い粉を渡します。
 ところが、これを口にした妻子は、一斉に顔をしかめてこれをはき出します。
 それは「塩」だったのです。
 「貪欲(とんよく)」に身を任せることの愚かさをテーマにした、考えさせられる話だと思います。
 この話から、私たちが学び取らなくてはならないことは何でしょうか。そもそも、私たちにとって話の中の「塩」とは、一体何なのでしょう。以下、私見を述べてみたいと思います。
 まず、広義には、人類が築きあげてきた科学技術がそれに当たるのではないでしょうか。科学技術は、私たちが便利に快適に生活できるように生み出され、日々進歩してきました。そして、私たちの生活の隅々まで行き渡り、今や溢れんばかりです。
 ところが、「それによって幸福になったか?」と問わたとき、必ずしも肯定する人ばかりではないでしょう。むしろ、息苦しく、住みにくくなっていると感じている人も多いと思います。
 そして、狭義には、コンピュータ(ここでは制御機能を持つ小型の電子部品とします)がその一つに当たるのではないかと思うのです。
 私たちの身の回りには、おびただしい種類と数のコンピュータが存在します。身近なところでは自動車やエアコン、テレビ、洗濯機、掃除機、カメラ、照明器具など、当たり前のことのように、コンピュータが組み込まれています。人間の意向に合わせてその機能がコントロールされるわけですから、確かに生活は便利で快適になりました。
 しかし、昨今はそのことがあまりにも恒常化しているために、人間が本来持っている瑞々しい感覚や感性を鈍らせているのではとの疑念も湧いてきます。それに、一旦、それらが故障すれば、我々消費者は全くお手上げ状態です。(以下、④/④へつづく)


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