2015
05.17

「一遍上人の伝えたこと」②/④

Category: 未分類
2 [一遍上人絵伝より]

 一遍は、こんな和歌を詠んでいます。解説文(「仏教を歩く」№12)とともに紹介します。
 身を捨つる 捨つる心を 捨て去れば おもいなき世に 墨染(すみぞめ)めの袖
 本気で捨ててみると思いの外、心は平静であった。捨てつ尽くしてしまうと、はじめは物足りないかもしれないが、やがては心の安らぎが訪れ、自分を不安にする要素がなくなった。
 一遍の生き方に触れるとき、我が心の弱さ、脆さを痛いほど思い知らされます。私のような凡人には、とても近寄ることのできない生き方です。
 ただ、そうではあっても、自分の生き方を見つめ直すきっかけは与えられます。それは、必要以上にモノを求めないということではないでしょうか。二つの語句から考えてみました。
  一つ目は「少欲知足」という仏教語からです。これは、欲望をできるだけ抑え、現状を満ち足りたものとして生きていくことです。ないモノを求めるのでなく、あるモノを生かし、そのことに楽しみを見い出してことと言えるかも知れません。
 二つ目には、「過ぎたるは及ばざるが如し」という諺からです。これは、単に「もったいない」という警句ではないはずです。度を過ぎてしまったものは、目標に達しないものと同様であるという意味ですが、拡大解釈すれば、必要以上に求めることは、かえって不具合をもたらす場合があるとも読み取れます。
 細川景一著の「古木再花生」に興味深い仏教説話がありました。
「ある貧しい男が、富豪のの晩餐会に招かれます。たいへんなご馳走が用意されていました。空腹だった男は、皿に盛られたご馳走にむしゃぶりつきます。
「味はどうかね」
富豪が訊きます。男は、
「見た目よりもう一つですな」
と物足りなさを正直に告げます。すると富豪は、
「そうだろう。これがなかったからな」
と言って、傍らにあった壺から白い粉をつまみ出して、皿に盛られたご馳走に振りかけます。
 すると、ご馳走も素晴らしい味に変わり、男は大満足します。二枚目の皿、三枚目の皿、どの皿も、白い粉を振りかけると素晴らしい味に変わります
。(以下、③/④へつづく)


36-2  
※クリックすると拡大して見られます。
スポンサーサイト

トラックバックURL
http://zitaichinyo.blog.fc2.com/tb.php/390-b3c1fd2d
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top