2014
07.29

「お経で健康になる」②/③

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 私が、今、読誦できるのは、『般若心経』『白隠禅師坐禅和讃』『観音経(世尊偈)』『消災呪』『舎利礼文』『延命十句観音経』などです。
 これらを組み合わせ、『開経偈』で開始、途中で『回向文』、最後に『四弘誓願文』で終わります。およ10分ほどの時間になります。ただし『般若心経』は毎日、読誦しています。
 そこで、読誦と健康との関係です。
 読誦するときは、正座をして姿勢を正します。そして、息をいっぱいに吸って、下腹から声を出します。声を出すとき、吸った息は、細く、長く、ゆっくり出ていきます。息ができると下腹はぺちゃんこになります。そして、次の瞬間には、大量の息が、自然に体の中に入り、下腹は一気にふくらみます。いわゆる腹式呼吸です。その意味では、これも一つの健康法と言えるかも知れません。
 ただ、お経には、陀羅尼(呪文)としての役割があるという見方もあるようです。玄侑宗久氏(臨済宗の僧侶・作家)は、その著「現代語訳『般若心経』(ちくま新書)」で次のように述べています。要約して紹介します。

・『般若心経』全体が般若波羅蜜多という普遍的な真理を実現するための陀羅尼(呪文)である。
・断片的に入ったフレーズを記憶するのは「私」だが、全体をまるまるそのまま記憶する場合は、「私」が記憶するわけではない。
・いったん記憶された音の連なりは、スイッチを押すと、一切の思考を伴わずに自動的に出てくる。この記憶の在り方に「空」が関与している。
・陀羅尼を再生することで、自分の声の響きになりきれば、自然に「私」は消えてくれる。
・声の響きと一体になっているのは、「私」というより「からだ」「いのち」そのもの。それは宇宙という全体とつながっている。
・世尊(釈迦)が繰り返し説いたのも、自分で作った「私」という殻がいかに「苦」を生み出すものであるかということ。 
 
注般若波羅蜜多=悟りを開くために必要とされる大切な徳目(実践行)  
   
  玄侑氏の主張は、陀羅尼(呪文)が「私」という殻を解体する手段であるということにあります。氏の言う自分が作った「私」というのが、煩悩から抜けられず心を病んでいる、いわゆる凡夫の「私」を指していることは言うまでもありません。自己中心に狭く偏った心を持つ「私」に、「苦」はつきものです。この「私」を解体することが、心を安らか(康らか)にすることに通じるということでしょう。陀羅尼(呪文)というのは、そのための手段であるというわけです。(以下、②/③につづく)
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※クリックすると拡大して見られます。

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