2014
07.05

「心が動いている」①/③

Category: 未分類



009_osuwari.gif 

 私事で恐縮ですが、近くに住む孫(生後1年)が、毎日、我が家にやってきます。初孫ということもあり、妻も私も大歓迎なのですが、その世話となるとなかなかたいへんです。動きは、日々活発になり、片時も目を離すことができません。妻と交代しながら相手をするのですが、その間は、通常の生活は一変してしまいます。
 しかし、そうではあっても、御多分にもれず、孫は可愛いもので、相手をしているときは時間を忘れます。そんなときは、孫は、今おじいちゃん、おばあちゃん孝行をしてくれているんだなとも思います。
 そんなある日、孫が帰った後、妻の口からこんな言葉が聞かれました。
「Aちゃん(孫のこと)が帰ると、まるで嵐が去ったようだね」
 そのとき、とっさに次のような言葉が口を衝きました。
「Aちゃんが嵐ではなくて、あなた心の中に嵐があったのでは?」
 そのとき、妻は、妙に納得した様子でした。事実、孫が「嵐」であったわけではありません。孫の来訪を「嵐」のように受け止めた妻の心の中にこそ「嵐」があったのですから…。
 そのとき、いつも例に出す禅問答集「無門関(むもんかん)」の中にある「非風非幡(ひふうひばん)」の話を思い出しました。話の前半部分を紹介します。


 中国のあるお寺での出来事です。門前に説法があることを知らせる幡(旗)が立っていました。ところが、説法が始まると、パタパタとしきり音を立てて鳴り出しました。すると聴衆の中に二人の僧が議論を始めました。
 一人の僧が
「えらく幡がバタバタ動くじゃないか」
と言うと、
「幡が動いているものか。あれは風が動いているのだ」
と別の僧が言います。
「いや、動いているのは幡だ。風ではない」
「幡がひとりでに動くものか。動いているのは風だ」
 二人の僧は、幡だ風だといって、いっこうに解決しそうにありません。
(以下、②/③につづく)

IMG_0036.jpg 
※クリックすると拡大して見られます。

スポンサーサイト

トラックバックURL
http://zitaichinyo.blog.fc2.com/tb.php/356-6541a5c1
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top