2015
01.17

「阿修羅と帝釈天」①/③

Category: 未分類
ashuraBuddha470top20090908213548519.jpg [興福寺・阿修羅像]

 少し前のことになりますが、奈良を訪れた際に、興福寺所蔵の阿修羅像(あしゅらぞう)を拝観してきました。約10年ぶり、2度目の拝観でした。
 阿修羅像は、我が国の国宝になっている仏像群の中でも、もっとも有名なものの一つではないでしょうか。また、仏教への興味は薄くても、この仏像に惹かれる人も多いのではないでしょうか。
 その魅力は何でしょう。均整の取れたスタイルで、いかにも身が軽そうです。そして、その表情は、美少年の様相です。やや眉目を寄せ、憂いを含んでいるようにも見えますが、それがその内面にあるものをものを想像させ、より魅力を高めているのかも知れません。
 こんなところから、この阿修羅像に一目惚れして仏像に興味を持ったり、仏教に興味を持ったりする人がいるほどだと聞きます。
 しかし、この阿修羅像も、本来はこの像から想像するような優美な神ではなかったようです。阿修羅は、もともと仏教の世界の神ではなかったといいます。それは、西アジアで信仰されていたゾロアスター教(拝火教)の最高神であるアフラマズアにあたるもので、その中では、天界を暴れ廻る鬼神という位置づけだったと言います。
 では、その戦闘相手は誰だったのでしょう。調べてみると、それは古代インド神話のバラモン教のインドラという神だったとありました。阿修羅は、このインドラと渡り合って、荒々しい合戦を繰り返す悪神で、容貌醜怪な札付きの外道とされているのです。
 このような阿修羅ではありましたが、言い伝えによれば、釈迦の教化によって護法神(ごほうしん)となったとされています。こんなところから、阿修羅の神秘な表情は、仏の説法によって迷いから目ざめ、愁眉を開きつつある顔付きだとも言われているようです。この像は見る人の心を捕える理由の一つはここにあるのではないでしょうか。(以下②/③につづく)


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