2015
06.06

『役割を果たす』③/⑥

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 「人から喜ばれる」行為として、仏教には「無財の七施(むざいのしちせ)」という教えがあります。『雑宝蔵経』というお経の中に納められるている教えですが、お金も物も使わずに「人から喜ばれる」ことができるということから「無財の七施」と呼ばれます。
 以前、本ブログでも紹介しましたが、改めて記載させていただきます。
   一、言辞施(ゴンジセ)…温かい言葉をかけること
 一、眼 施(ゲンセ)…優しい眼差しをおくること
 一、和顔施(ワガンゼ)…いつも笑顔で接すること
 一、心 施(シンセ)…心から相手の気持ちになること
 一、身 施(シンセ)…困っている人の荷物を持つこと
 一、牀座施(ショウザセ)…電車の席などを譲ること
 一、房舎施(ボウシャセ)…自分の傘に入れて上げること  
  一つ一つのことは、簡単なことのように思えるのですが、私のような凡夫には、これがなかなか難しい。なぜなのでしょうか。
 それは、「自我(エゴ)」が邪魔をするからではないでしょうか。「自我(エゴ)」とは、自己愛に引きづられ身勝手に振る舞おうとする自分のことです。
 これらのことを実践するためには、その「自我(エゴ)」を働かないようにしなければなりません。それには、それなりの大きなエネルギーが必要です。それは、暴走する「自我(エゴ)」に“意識”的にブレーキをかけることなのですから。
 「全てのものに役割がある」という空海の言葉に随うなら、私たちは常に「人から喜ばれる」という役割を持って生きていることになります。支えられて生きているのだから、支える立場でも生きていくということです。
 ときには「人を悲しませる」こともある私たちではあります。しかし、“意識”さえすれば、それを克服して「人を喜ばせる」ことはできると思うのです。

 ところで、このように“意識”して「人から喜ばれる」ことをしているとき、私は、これを「菩薩としての役割」と呼びたいと思うのです。(以下、④/⑥につづく)

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