2014
03.23

「憎しみを止めるには」③/④

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 ジャヤワルダナについて調べてみると、次のようなことが分かりました。
J.R.ジャヤワルダナは1906年、11人兄弟の長男として生まれました。父親はスリランカの最高裁判所判事でした。コロンボで学び、学生時代はクリケットの選手として活躍したようです。コロンボ法科大学で優秀な成績を修めて法律家となりますが、法曹界には長くは留まらず、1938年、スリランカ国家機構の活動家となりました。
 1947年に初代蔵相として入閣し、1951年には国連に参加、同年、サンフランシスコ講和会議にスリランカ代表として出席し、あの演説を行いました。
1978年には、スリランカの第2代大統領になりました。閣僚・首相・大統領としてたびたび訪日しましたが、政界引退後も日本を訪れています。また日本の仏教関係者をスリランカに招待するなど日本とスリランカの交流に尽力しました。
 1989年には、昭和天皇の大喪の礼に本人の希望により、夫人とともに大統領に代わって参列しています。そのときには、国賓として待遇されました。また、1991年には日本の仏教関係者の招待で広島市を訪れ、広島平和記念資料館を見学しています。
 ジャヤワルダナは、1996年に90歳で死去しましたが、その際、「右目はスリランカ人に、左目は日本人に」との遺言を残しました。これにより、片目は日本に贈られました。その親日ぶりにまばゆさを覚えるのは、私だけではないと思います。
 ジャヤワルダナは、もともとキリスト教徒でした。しかし、その後、仏教に改宗しています。そのためか、仏教を通じても日本に親しみを覚え、禅の世界的権威である鈴木大拙とも交流がありました。そして、生涯日本を愛しました。親日の理由を聞かれると「日本は西欧に対してひとり際立った存在だった、そして、仏教国だから」と答えたといいます(以下、④/④につづく)。


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