2014
04.12

「衆生本来仏なり」①/⑤

Category: 未分類
tg12.jpg [千日回峰行]

 友人と仏教の思想について話し合う機会がありました。その折に、比叡山延暦寺の創建者である最澄(さいちょう)の仏教思想が話題となりました。
 本ブログ「十重禁戒(じゅうじゅうきんかい)」でも紹介したように、最澄が傾倒した「法華経(ほけきょう)」の思想は、「仏性(仏になる性質)」は、生まれながらにして全ての人に備わっており、それを導き出す役割を担うのが『法華経』である」とする考え方です。これは、「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)」という言葉に象徴される大乗仏教の根本思想です。ちなみに、一乗仏教の思想とも呼ばれます。
 このとき、友人から次のような問いかけがありました。それは、“全ての人に仏性があるのなら、そのための努力は不要ではないか”というものでした。
 もっともな疑問だと思いました。ただ、「仏性」の意味については、確認する必要があると考えました。「仏性」というのは、あくまでも仏になるという性質あるいは仏になるための種とも言えるものです。
 そこで、すぐさま、延暦寺で行われている千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)の話をしました。千日回峰行は、延べ千日間にわたり、比叡山の山中を巡る荒行です。一日の移動距離は、七里半(約30キロ)と言います。また、その間には、不眠、不臥、断食、断水の9日間を過ごす、「堂入り」というたいへん過酷な行もあると聞きます。
 最澄の教えによれば、その先に成仏(仏になること)があるということです。つまりは、仏になるためには、修行が必要であるということです。(以下、②/⑤につづく)   

IMG_8901.jpg 
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