2014
03.03

『稲むらの火』③/⑤

Category: 未分類

ina3.jpg

 梧陵の英断により、結果として村人たちの9割以上をが救われたと言います(死者30人)。
 後日談があります。五兵衛(浜口梧陵)は、この後、1500両もの私財を投じ、防波堤を築きました。津波によって家や職業を失った村人に賃金を与え、高さ5メートル、長さ600メートルの堤防を完成させたのです。機械のない時代のことであり、完成まで4年間を要したといいます。
 ちなみに、堤防完成から88年後の1946年、この村を「昭和南海地震」の津波が襲いましたが、この堤防のために、村は被害を減らすことができたということです。
 梧陵は、この他にも家を失った村人のために無料の住宅を造り、食糧の確保募金活動に奔走しました。また、道路や橋の修理も指揮しています。
 村人たちはその労苦に感謝の気持ちを込め、梧陵を「浜口大明神」として祀ろうとしたといいます。村人たちは、梧陵の姿に「神(仏)」の姿を重ね合わせたのでしょう。
 ところが、このとき、梧陵は「自分は神にも仏にもなるつもりはない」と村人たちを叱りつけたといいます。なんと清々しい態度でしょうか。
 しかし、私は、このことによって、梧陵は、本当の「神(仏)」になったのだと思うのです。仏教では「仏」を意識して行為に及んだ者は「仏」から離れると警告しています。梧陵は「神(仏)」になることを拒んだがゆえに「神(仏)」になった、これが私の見解です。

 ところで、本ブログ「富国橋の思い出」(5/25~6/14)でも紹介したように、仏教には、「六波羅蜜(ろくはらみつ)」という思想があります。「六波羅蜜」とは、「悟り」を開くため(あるいは仏になるため)の六種類の実践行(布施、持戒、忍辱、禅定、精進、智恵)のことです。今回は、その中の一つ「布施波羅蜜(ふせはらみつ)」について紹介したいと思います。
                          (以下、④/⑤につづく)
IMG_2918.jpg 
※クリックすると拡大して見られます。
          

スポンサーサイト

トラックバックURL
http://zitaichinyo.blog.fc2.com/tb.php/268-916e9238
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top