2014
06.19

「Bad news is good news!」④/⑦

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 ところが、相対世界の中にあっては、「あなた」は、いつも「わたし」の思うようにあるわけではありません。いえ、現実には意に添わない場合の方が多いのだと思います。これが、貪りや怒り、不平や不満、嫉妬のもととなり、結果として果てしない迷路に陥ることになるのでしょう。煩悩の火が燃え盛ることにより、進むべき道が分からなくなるのだと思います。
 相対世界の中で生きていることに起因する煩悩の表れの一つが嫉妬心であり、その裏返しが優越心なのだと思います。

 そこで、火力を弱める方法です。
 それは、相対世界の中にあって、「万物と我と一体」「天地と我と同根」、つまり絶対世界を感得すること以外にないのではないでしょうか?
 私見ではありますが、禅の公案(禅問答)というのは、そのために考案された一つの手段だと思うのです。
 相対世界にいる私たちを絶対世界に誘ってくれるのが公案です。本ブログでも、「隻手の音声」をはじめいくつか紹介してきましたが、今回は、その極めつけとも思われる一つを紹介したいと思います。
 唐の時代に活躍した香巌(きょうげん)禅師にまつわる話です。香巌禅師が、師から与えられた公案は「父母未生以前本来面目(ぶもみしょういぜんのほんらいのめんもく)を問うものでした。生まれる前の自分自身とは何かという問いかけです。
 念のために補説しますが、自分が生まれる前のことではありません。自分の父や母が生まれる前の自分自身とは何かを問われたのです。驚くべき問いだと思います。とりつく島もないというのは、このようなことを言うのではないでしょうか。(以下⑤/⑦へつづく) 


公案
  禅宗(特に臨済宗)において修行者が悟りを開くための課題として師家(師匠)から与えられる問題のこと。臨済宗にあっては、公案を介した師家と修行者とのやりとり、いわゆる「禅問答」が、重要な修行の一つとされる。

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コメント
お釈迦様は数年間にわたる、苦行を続けましたが、結局悟りを得ることができませんでした。

その時に気づいたことがあるとすれば、「悟りを乞い続ける限り、悟ることはできない、なぜなら、悟った者ものは、もう悟りを乞う必要がないから」。

そう思った瞬間に、お釈迦様は「悟りを乞うこと」をやめて(諦めて)それによって、「乞うことによる苦しみ」から抜け出すことが出来たのでしょう。

そして、そこにスジャータの持ってきたお粥が、さらなる安らぎをもたらしたと。

人間が「生まれる」ということは、ある意味で「ところてん」が押し出されることに似ているのかもしれません。

元々、ところてんは一つの塊として存在しています。
それが、あの道具(ところてん押し出し機(正式には何と言うのですかね?))に入れられて、押し出されて一本一本に切り分けられて出てくる。

つまり、一人の人間はその切り分けられた、ところてんの一本分にしか過ぎないと。

当然、自分の父母もそのところてんの一本分にしか過ぎないので、「父母未生以前本来面目」を考えるとすれば、容器に入れられて、押し出される前の一つの塊であった状態、つまり、丸のままのところてんを思い浮かべればいいわけです。

そして、人が本当に「乞う」モノがあるとすれば、その丸のままのところてんの状態に、回帰することでしょう。

ですが、生まれてしまった以上その状態に回帰することは、出来ないわけで、そこから「乞うことによる苦しみ」が生じる。

では、どうすればよいのか、その答えが「諦めること」つまり、「乞うことをやめて、明らめること」。

それを最初に覚った方が、お釈迦様なのでしょう。
我無駄無dot 2014.06.19 08:17 | 編集
それともう一つあるとすれば、世界は「言語で表現出来て、五感で認識できるものがすべてではない」ことに気が付くことでしょう。

より正確には、五感で認識できるものは全体の5%程度に過ぎず、残りは五感で認識できません。

そして、人間はその五感で認識できるものを指して、「ある」といい、五感で認識できないものを指して、「無い」というわけです。

そして、「無い」ものの価値を否定する。

その結果、「ある(五感で認識できるもの)」ものだけを「乞い続け」苦しむことになる。

仏教では五感で認識できるものを「色」と呼び、認識できないものを「空」と呼んでいます。

言葉を変えれば、丸のままのところてんが「空」であり、そこから全てが押し出されて、一つ一つが独立した「色」となるわけです。

ですが、一つ一つが切り離されているのは、あくまでも「色」の世界での話であり、「空」の世界では元々の丸のままのところてんの状態であると。

そのことに気づくことが出来、その上で「丸のままのところてんの状態に回帰することを乞うこと」を諦めてしまえば、自ずから「空」の世界がそこにある。

おそらく、双葉山はそのことに気が付いていた一人でしょう。

だから、「勝つ」ことを乞うことをせず、自分にできることである「相撲」を一番一番、積み重ねていた。

それが、前人未到の大連勝に繋がった。

ただ、最後の最後に「勝つことを乞うた」ために、「負けて」しまった。

なぜなら、「勝つことを乞う者」、それが「敗者」だから。

それを反省する意味を込めて、彼は「いまだ木鶏たりえず」と安岡正篤先生に打電したのでしょう。
我無駄無dot 2014.06.19 15:30 | 編集
我無駄無様
 ところてんの喩えは実に面白いですね。ただ、突かれる前のところてんの塊は、五感では捉えられないものとして存在しているわけではありますが・・・。
 いずれにしても、今回の「父母未生以前本来面目」についての見解もそうですが、これまでの対話を通して、我無駄無様の考えと、私の考えにの間に根本において相違がないことは自明だと思います。
 私の今後の課題は、「そのこと」(表現しようがないのでこうしておきますが)を、身をもって感得すること、換言するなら「体得する」ことにあります。理屈先行の私には、高い高いハードルではありますが、身近ところで少しでも近づけたらと思っているところです。
 余談ですが、7月に大相撲名古屋場所が開催されます。6日目のチケットを入手しましたので、今から楽しみにしているのですが、横綱白鵬が、「未だ木鶏たりえず」の名言を残した双葉山を手本に精進している姿には、心打たれるものがありますね。その道(相撲道)にただただ邁進しようとする態度の中に「無心」、「空心」があり、そのときに、最高の力が発揮される、こんな思いが涌いてきます。
 古今東西の著名なアスリートは、例外なく、中村天風の言葉「心が空(くう)になったとき 人間はいちばん強くなる 人間の生命の本体は空である 空の世界に入れば 空の世界の驚くべき力が ぐんぐん生命の中に溢れてくる」の体現者であるのだと思います。
 ありがとうございました。
じ・た・る dot 2014.06.20 18:18 | 編集
じ・た・る様
双葉山や白鳳に限らず、将棋の世界の羽生名人や野球のイチロー選手、彼らもまた「空」の世界を知っているのでしょうね。

それは、彼らが目先の勝ち負けにこだわっていないということからも分かります。

そうではなく、その先にあるものを見据えていて、常に「自分にできること」を一心にしているのだと思います。

それが、前人未到の連勝記録や、数々の偉業に繋がっているのでしょう。

おそらく、彼らは一度徹底的に「諦めて、絶望している」はずです。

そして、その絶望の中で苦しみ抜いているはずです。

そんななかで、「勝つことを乞うことをやめてしまった」。あるいは、「勝つことを乞い続ける限り、永久に勝つことはできない」ことに気が付いた。

あるいは、「空の世界」での本当の勝利は「戦わずして勝つこと、より正確には戦う前から勝っている」ことに気が付いたのかもしれませんが(つまり、木鶏ですね)。

ただ、彼らが他の人と違っているは、ほとんどの人が「諦めたらそれで試合終了」と決めつけて、何もしなくなるのに対して、彼らは諦めても絶望してもなお、出来ることやれることをやり続けた。

つまり、羽生名人は将棋を続け、イチロー選手は野球を続けた。

また、エジソンもその一人かもしれません、エジソンの場合は、諦めても「実験」を続け、電球を完成させますが。

ただ、「勝つこと(成功すること)を乞うことをやめる」ことで、「乞うことの苦しみから」自由になったと思います。

そして、それが、彼らの今日に繋がっている。

エジソンの場合は、その後の電化社会に繋がるわけですが。

ちょうど、お釈迦さまが、ただ座り続けその先に、「座禅」があるように。

そうやって考えてみると、「諦めないこと」を「良し」とする今の風潮はむしろ「苦しみ」を助長して、増悪させていると思います。

今の世の中は、いわば砂時計の砂が全部落ち切って、その砂に人も社会もうずもれて、押しつぶされているのでしょう。

それを象徴するのが「depression(デプレッション、鬱)」だと思います。
これが、人に出るとうつ病になりますが、社会規模で出れば、「不景気、不況」になるわけです。

その原意は「何かに押しつぶされること(depress、デプレス)」による苦しみです。

そして、その「押しつぶしているもの」が、「落ち切った砂時計の砂」ではないか。と思うわけです。
もちろん、この「砂」は「空の世界」に属して目に見えません。

そして、「諦めるな」ということが、その苦しみを増加させていると。

そういう状況から抜け出すためには、「諦めること」、より正確には「諦めて、乞うことの呪縛(苦しみ)から自由になり、その上で自らが出来ることを正心誠意やり抜いていき、積み重ねていく」。

いわば、「逆転の発想」が必要なのだと思います。
結局、お釈迦さまが「悟った」こととは、そのことではないでしょうか?

そして、砂時計は逆転させた時初めて、砂も流れ始め、砂にうずもれていた人も社会も、自由に動き出せそこから、未来が開けるのだと思います。

あと、ところてんの比喩は言ってみれば、「観えた」のですよ、ところてんの塊をあの入れ物に入れて、「にゅるん」と押し出して、出口のところから数ミリ単位に細分化された、ところてんが出てくるところが。

それが、ちょうど「空(あるいは妙)」から全ての物が、生み出される様に合致するなと。

まあ、ところてん自体には「色」としての実体があることは、ご愛嬌ということで(笑)。
我無駄無dot 2014.06.21 19:44 | 編集
そういえば、何週間か前に、これまでのじたる様との対話を簡略化して、「「言語で表現できず、五感では認識できない物」の価値に気が付いて、「苦しみ」から抜けることが出来た」という趣旨のコメントを、とあるヒーラーの方のブログに投稿してみたのですが、その際の返信がただ一言「言葉はいらない」でした。

まさしくその通りだと思います。

そして、禅の公案は「言葉を積み重ねることによって、その言葉のいらない世界に迫っていく」ことなのでしょう。

しかし、言葉で考え続ける限り、どこかで行き詰るのですね。

何しろ、相手が、「言語を絶して心行所滅」なものですから。

ところで、じ・た・る様は「婆子焼庵」の公案を、どうお考えでしょうか、自分には、どうも「老婆(あるいは院主様)」の真意が理解できないのですが。

これは、最も難しい公案ではないでしょか?
我無駄無dot 2014.06.21 20:18 | 編集
じ・た・る様
「妙」の世界を体感する方法についてですが、諦めたり絶望する以外にも、いくつかあるようです。

安田登さんは、「能に学ぶ和の呼吸法」という本の中でも、「妙」、「こころ」、「思ひ」、「心(しん)」の関係性について述べています。

この本でのテーマは、「織田信長は謡いそして舞うことで死の恐怖を克服していた」というものですが。

そしてその中心に、「呼吸と声」があるそうです。

ちなみに、その「舞」が、「人間五十年」と謡われる「敦盛」です。

お能は基本的に、「色」の世界を生きるワキ方と、「空」の世界を生きるシテ方が出会うことで、物語が進展します。

このワキ方という存在は、いわばあの世とこの世の間の架け橋のようなもので、そのような物のことを指す古語が「あわい」なのだそうです。

シテ方とワキ方が出会う時、生者の時間と死者の時間が交錯すると安田さんは述べています。

そして、その別の形での現われが、「お葬式」と「お盆」なのだそうです。

詳しくは、「能に学ぶ和の呼吸法」を「あわいの力」ともどもぜひご一読ください。

そのほかにも、安田さんの著書はいろいろと参考になると思います。
我無駄無dot 2014.06.22 00:15 | 編集
我無駄無様
 「勝つこと(成功すること)を乞うことをやめる」ことで、「乞うことの苦しみから」自由になる・・・。これが、禅のめざす自由な、言葉を換えるなら、「楽な」生き方なのでしょうね。「放てば手に満てり」という禅語が、そのことを象徴的に指し示しているように思います。
 その意味では、よく子どもたちに向けて投げかける「やればできる」という励ましの言葉も、時と場合によっては、実は罪深い言葉と言えるかも知れませんね。スポーツの世界では勝者はほんの一握りであるように、人生においても、意のままにならないことの方が多いものです。それに、やってもやってもできないという子どもたちが多いのではないでしょうか。もちろんそれは、周りの大人たちがハードルを必要以上に高くしているという実態もあるのですが・・・。
 子どもたちには、つまずいたとき、挫折したときこそ、そこからはい上がり、立ち上がる力をつけるべきだと思います。教育界では、今、「生きる力」の育成ということが強調されていますが、私たちが大人が子どもたちにつけてやるべ力というのは、具体的にはこのような力のことではないかと思っているのです。
 もちろん、「放てば手に満てり」を子どもたちに理解させようとするものではありません。周りの大人たち(特に親、指導者など)に、こんな発想が必要なのだと思うのです。少々、横道にそれたかも知れませんね。お詫びします。
 「婆子焼庵」の公案については、本ブログ「保つといわんか③/③」(2013.12配信)でも触れましたが、私にはここで披瀝するような回答がありません。ただ、対極に引きづられてはならないのだと思います。やはり「中道」でしょうか。
 我無駄無様の見解はいかがですか?
 本の紹介をいただき、ありがとうございました。
(追伸)
 余談ではありますが、昨日(6/21)、信長が清洲城で「敦盛」を舞って出陣したという「桶狭間古戦場跡」を見学してきました。今川義元の終焉の地に公園があり、二人の武将の銅像が完成していました。我無駄無様のコメントの中に、「敦盛」のことが記載されており、その偶然性に驚いているところです。
じ・た・る dot 2014.06.22 08:31 | 編集
「敦盛の偶然」に関してですが、このような「シンクロニシティ」こそ、どんなにばらばらにみえる物事でも、実は、五感では認識できない「空」の世界で、一つに繋がっている。

つまり、「自他一如」の世界が存在することの証明ではないでしょうか?

それと、織田信長も、明らめることで乞うことの苦しみから逃れ、「空の世界」を知った人物の一人だと思います。

彼は、幼年期から「うつけ」と呼ばれてさげすまれてきましたが、それも、「明らめた結果」そう見えていただけかもしれません。

そして、彼は、誰が見ても勝ち目のない戦いである、「桶狭間」に飛び込んでいく。

もちろん、すっぱやらっぱを放ち、入念な下調べを行って、今川義元の位置を正確に把握した上での突入ですが、これはある意味で「諦めきった者」にしかできないことでしょう。

そして、彼には「目先の勝ち負けの先にあるモノ」が見えていたのだと思います。

さてここで、一つ疑問があります。

もし、信長が義元を恐れ、引きこもっていたらその後の日本はどうなっていたかということです。

おそらく、織田家は今川家に滅ぼされ、その後上洛した義元による、「今川幕府」が出来たことでしょう。

問題は、義元ではほぼ確実に老獪なスペインやポルトガルの宣教師に太刀打ちできなかっただろうということです。

その結果、日本は豊臣秀吉や徳川家康の登場を待つまでもなく、他のアジアの国々同様に欧米列強に植民地支配され、その後の歴史は変わっていたでしょう。

ただ、それが悪いことだと言えるのか否かは、誰にもわからないことでしょうが。
我無駄無dot 2014.06.22 16:14 | 編集
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