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2019
05.06

どれだけ消費すれば満足?R ③/④

Category: 未分類
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 これらのことを切り口にして、講師さんからは、次のような指摘がありました。
  人間は、どうしたら満足になるかが分からない(そもそも満足というものが何であるかが分からない)。だから、どうなったとしてもそれに満足できない。常に、深い渇(うえ)があり、不安がある…。
 深く重い言葉だと受け止めました。「満足」などというと、とかく私たちは、それを金銭や物品などの潤沢さに置き換えてしまいがちです。しかし、それらのものは例外なく、移ろいゆくものであり、同時に限りあるものです。形あるものは、全て「無常」という真理からは逃れることはできません。そもそも、私たちが暮らしている地球そのものが有限なのですから…。
 ところが、私たちの欲にキリはありません。まさに「煩悩無尽(ぼんのうむじん)」です。講師さんの指摘どおり、「どれだけ消費すれば満足か?」と問われても、「分かりません…。」「そもそも満足が何であるのか分かりません…。」としか答えようがないのが私たちです。
 増大し続けるエネルギー消費こそは、「満足」という幻を追って右往左往する私たちの姿そのものであり、無限に湧き出す「煩悩(欲)」を有限なもので充たそうとする人間のジレンマを表すものであるということです。
 講師さんからは、「釈迦」の原初的な問題意識は、このことへの気づきにあったとの指摘もありました。今から約2,500年前、「釈迦」は、このことに気づき、それを受け止めた上で、40年間、人間の生き方、人間としての在り方を人々に説き続けました。そして、それをまとめたものが膨大な量の経典です。
 私は、その高邁な仏教の思想を煎じ詰めたものの一つが、『知足(ちそく)』という言葉だと受け止めてます。現状に満足し、不満を持たない生き方です。「貪らない生き方」、「身の丈に合った生き方」という言い方もできるかと思います。私たちが「満足」するための術は、もはや『知足』しかないのではないでしょうか。(以下、④/④につづく)


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