2017
02.01

ぎゃらりー53

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◎これまで掲載した水をテーマにした写真をギャラリー53」としてまとめました。 

 
水は百面相 どれも水の顔には違いない 
 しかし どれも本当の顔ではない 
 心も同じこと
 
今回の写真は、すべて豊田市(阿知波池)で撮影したものです
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〈訂正〉次回は「吹き消された灯」を掲載(3回配信)します。ぜひご訪問ください。


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2017
02.06

吹き消された灯 ①/③

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S2227a.jpg [龍潭寺庭園]
 今年のNHKの大河ドラマは「おんな城主 直虎」です。珍しい女性を主人公とした、しかもあまり知られていない人物に焦点を当てたドラマと言うことで注目されています。
 その舞台となっているは井伊谷(いいのや)(浜名湖の北部)ですが、とりわけ直虎ゆかりの寺としてよく登場するのが龍潭寺(りょうたんじ)です。臨済宗妙心寺派の古刹で、関ヶ原の合戦の後、井伊家が彦根に藩替えになるまでその菩提寺であったことや小堀遠州(こぼりえんしゅう)作の美しい庭園があることでも知られる寺院です。
 ところで、この龍潭寺という寺名から、禅問答集『無門関』に登場するある僧侶のことを思い出しました。唐の時代、禅の高僧として名前の残る龍潭崇信(りょうたんそうしん)和尚のことです(ただし、お断りしておきますが、龍潭寺の寺名がこの龍潭和尚に由来するかどうかは定かではありません。また「りょうたん」ではなく「りゅうたん」と読むこともあるようです)。
 そこで龍潭和尚ですが、『無門関』の第28則に徳山(とくさん)禅師との間の面白いやり取りの中に出てきます。徳山禅師というのは、臨済宗の宗祖 臨済禅師と同時代に生きた禅僧で、禅界にあっては臨済禅師と双璧にあったとされる高僧です。徳山禅師がまだ若い学僧であった頃の話として伝わるものです。
 徳山禅師(以下、徳山とします)が、天下に聞こえた龍潭和尚をしたってようやく龍潭を訪ねることができたときのことである。
 龍潭和尚の部屋に入って、師から懇切な教えを聴いていた徳山は、ときの経つのをすっかり忘れていた。龍潭和尚が
「夜もだいぶ更けたようじゃ。そろそろ引き上げたらどうじゃ」
と言われたので、ていねいに別れを告げて、簾を上げて外へ出ると、外は既に真っ暗闇だった。
 しかたなく、龍潭和尚のところに戻ってきた徳山は、恐縮しながら
「暗くて道が分からないのですが」
と申し上げた。すると龍潭和尚が自ら紙燭(紙に油を染み込ませた物)に灯を灯して目の前に出された。
 
ところが徳山がそれを受け取ろうとすると、龍潭和尚がにわかにその紙燭の灯をフーッと吹き消してしまった。そのとたん、徳山は忽然として悟りを開いてしまった。
     
                                  (以下、②/③につづく)


54-5 丈山苑
 
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2017
02.10

吹き消された灯 ②/③

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 その頃、学僧であった徳山は『金剛経(こんごうきょう)』には精通していたものの、まだ悟りが開けず、迷いの真っただ中にあったと言います。振興の仏教として登場してきた禅の思想ではありましたが、龍潭和尚の説法に触れ、まさに光明を見る思いだったと想像されます。そのことは龍潭和尚が、紙燭を手に登場してきたシーンにもなぞらえることができるかと思います。闇の中で困惑していた徳山は、師の差し出した紙燭の灯を見てまさに救われる思いだったことでしょう。
 ところが、意外にも龍潭和尚は紙燭の灯を即座に吹き消してしまいます。辺りは再び闇に戻ります。しかし、その瞬間、徳山は、悟りに至りました。そして、この夜のことで多年の疑問が解消したことを師に伝えると、その後は禅界の老和尚の教えに一切の疑問を抱くことなく、ひたすら禅の道を精進したといいます。
 この禅問答では、徳山の悟りの内容を問われています。読者ならどのような見解を持たれるでしょうか。
 以下、比較的よく知られている見解を一つ紹介したいと思います。
 禅には「門より入るものは是れ家珍(かちん)にあらず」という言葉あります。家珍というのは家宝のことです。家の外から入ってきたものは借り物であり、本物の宝物ではない…、本物の宝物というのは自分が苦労して手に入れるものである…という意味があります。
 禅の奥義は、人から教えられるものではなく、自らの力によって会得しなければならないとされます。ちょどこのやり取りが、禅の修行の大原則を象徴的に示しているのではないでしょうか。灯を吹き消された徳山は、そのことを合点したのだと思います。
 文字や言葉だけで分かったような気分になることの多い私などは、誠に耳の痛い逸話です。

 ただし、ご承知のとおり、禅問答の解答は一つではありません。これはあくまでも一つの見解です。この見解をもって老師(禅界にあって悟りを開いたとされる指導者)から、及第点がもらえるとは思いません。
 そこで、身の程知らずではありますが、もう一つ別な見解をお示ししたいと思います。「明」と「暗」についての見方です。(以下、③/③につづく)


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2017
02.14

吹き消された灯 ③/③

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 師 龍潭和尚の講義を終えた後、学僧 徳山は暗闇の中にありました。そしてその直後に龍潭和尚の差し出した紙燭によって、明りを得ました。ところが、その明かりもすぐさま和尚によって吹き消され、再び闇の中に戻ることになりました。「暗」から「明」へ、そして「明」から「暗」への転換です。
 その時の徳山の心境はどのようだったでしょうか。仮に、私が徳山の立場なら、「暗」から「明」に移った時点で、龍潭和尚の親切心に感じ入り、心までも明るくなったことでしょう。そして、師への深い感謝の念が湧き上がってきたことでしょう。
 次に「明」から再び「暗」に移った場面です。このときには、龍潭和尚の行動の意図が分からず戸惑い、心に動揺が生まれたことでしょう。そして、そのうちには龍潭和尚への反感の念も湧いてきたかも知れません。
 しかし、よくよく考えれば、「明」も「暗」も私たちの受け止めによるものです。明るかろうと暗かろうと、客観的な事実に何の変化もありません。そこにあるのは、龍潭和尚に暇乞いをする徳山と、徳山を見送る龍潭和尚だけです。もちろん、二人の周辺にある状況にも変化はありません。
 このように見ていくと、「明」も「暗」も、結局は私たちの主観に由来するものであり、客観とは別物であることが分かります。この問答では、そのことを伝えたかったのかも知れません。
 また、客観的事実は一つであっても、受け止め方次第で意味は変わってきます。同じ部屋にいても、明るいときは何とも思わなかったのに、暗くなると途端に恐怖心に襲われることがありますが、これなどはその一例でしょう。仏教では、これを妄念・妄想と呼び、やかましく「莫妄想(まくもうそう)(妄想を抱くことなかれ)」を説きます。
 考えてみれば、私たちは事ほど左様に感覚(眼・耳・鼻・舌・身など)に引きづられ、心が弾んだり、沈んだり、あるいは怒りに打ち震えることがあるものです。しかし、いつも言うように、私たちの感覚は独立した形では機能しません。それが働くとき必ず「わたし(自我)」の影響を受けることになります。どの機能も「わたし」の好みや癖、都合などによって、本来の働きが抑えられてしまいます。そのため、いつも正しい認識や知見を導き出せるとは限りません。それが他者との間に行き違いや不和、さらには争いを生むこともあります。
 龍潭和尚は、そんな人間が抱える危うさを無言で説いたのかもしれません。そして、徳山もそのことを合点したのかも知れません。
  いずれにせよ、これも一つの見解です。読者は、この禅問答からどのようなメッセージを受け止められるのでしょうか。(〆)

                                         

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次回は「乾屎橛(かんしけつ」を掲載(4回配信)します。ぜひ、ご訪問ください。

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2017
02.18

「乾屎橛」①/④

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 今回も、「荘子の思想」と「禅的な思考」との相似性を窺わせる興味深い話を一つ紹介したいと思います。玄侑宗久(臨済宗の僧侶、作家)著の『荘子と遊ぶ』にあった話です。ただ、たいへん尾籠な内容を含んでいることを予めお断りします。
 東郭子という男が荘周(荘子)に尋ねます。「いわゆる道というのは、どこにあるのでしょう」。すると荘周は「どこにでもあるよ」と答えます。
 以下は、その後の二人のやり取りです。
 東「具体的に言ってほしいな」
 荘「じゃあ、オケラかアリかな」
 東「ずいぶん下等なんだね」
 荘「イヌビエ(穀物の一種)にもあるよ」
 東「もっと下等じゃないか」
 荘「瓦や敷き瓦にだってあるよ」
 東「まいったなあ」
 荘「屎溺(大小便)にもある」

 これを聞くと、東郭子はあきれて黙ってしまったと言います。
 この話に触れたとき、いつも引用する禅問答集『無門関』第21則にある「雲門屎橛(うんもんかんしけつ)という不思議なやり取りを思い出しました。
 ある修行僧が雲門禅師に「仏とは一体どのようなものでしょうか?」と問います。すると雲門禅師は一言、「乾屎橛(かんしけつ)」と答えます。たったこれだけの内容なのですが、ここでは禅師の真意がどこにあるかを問われるようです。
 「乾屎橛」というのは聞き慣れない言葉ではありますが、一般には“糞かきベラ”と訳されます。紙が貴重品だったころ、落とし紙に代わる用具として使われたものとされています。「道」と「仏」、問われているものにに違いはありますが、この場合、双方ともほぼ同意のものとご理解ください。要は、「大宇宙を貫いている真理」を尋ねているということです。
 それにしても、禅ではなぜ、選りに選ってこんな尾籠な話を持ち出すのかと疑問を持たれる読者も多いかと思います。確かにそうだと思います。ただ、そこには深長な意味があることを理解しなければなりません。この先も。少し我慢してお付き合いいただければと思います。(以下、②/④につづく)

54-5 丈山苑 
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2017
02.22

「乾屎橛」②/④

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 ところで、『無門関』の中にはこれとたいへんよく似た問答が他にもあります。第18則の「洞山三斤(とうざんきん)と第37則の「庭前柏樹(ていぜんはくじゅ)がそれです。
 第18則の「洞山三斤」では、第21則と同じように「仏とはどのようなものか?」と問われますが、これに対して洞山禅師は「麻が三斤ある」と答えています。「斤」というの重さのことですが、一斤が600gですので「麻が1,800gある」というのがその答えだったというわけです。
 また、第37則の「庭前柏樹」では、「達磨がはるばるインドからやってきた真意は何か?」と問われます。この質問に対しては、趙州(じょうしゅう)禅師が「庭に柏樹子(ビャクシンというヒノキの仲間)がある」と答えています。
 ちなみに、禅にあっては「達磨がやってきた真意は何か?」という問いも、広義には「仏とは何か?」を問うものであるとされます。
 雲をつかむようなやり取りに困惑するばかりですが、これが禅問答です。洞山禅師の答えも趙州禅師の答えも、たまたま目の前にあったものを指して「仏」としたのではないかというのが定説のようですが、とは言っても常識的に見ればたいへん奇妙な答えです。全くかみ合ってないように感じられます。
 ただ、いつも紹介している「山川国土悉皆成仏(さんせんこくどしつかいじょうぶつ)という仏教固有の世界観に立つなら話は別でしょう。「山川国土悉皆成仏」…。伝承によれば、これはその昔、釈迦が菩提樹の下で「悟り」を開いたときに口にした言葉されるものですが、人間を含む動物、植物、さらには無生物も含め、森羅万象に仏が宿っているというという前提に立つなら、この答えも少しも奇異なものではないように思えます。
 ただ、第21則「雲門屎橛」の話の場合は、少し事情が異なるように思えます。もちろん雲門禅師(以下、禅師とします)の境地の中に「山川国土悉皆成仏」という確信があったことは言うまでもないと思います。しかしこの場合、禅師は単に目の前にそれがあったから「乾屎橛」と答えた、ということではないと思うのです。そこには、紛れもなく禅師一流の意図があったはずです。(以下、③/④につづく)
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2017
02.26

「乾屎橛」③/④

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 “糞かきベラ”などと聞いてよい印象を持つ人はまずないでしょう。そもそもトイレットペーパーのようなものなのですから…。さらに最近では「乾屎橛」を“糞が乾燥して固くなったもの”とする新しい解釈もあると聞きます。となればなおのこと、遠ざけたいと思うのが通常の感覚でしょう(返す返すも尾籠な話になり申しわけありません)。
 これには、それが単に不衛生なものということに加え、不浄なものというイメージもあるかと思います。汚れ、穢れたものとしての受け止め方です。トイレのことを“御不浄”などと呼ぶこともありますが、これなども多分に情緒的なイメージに基づく言い方なのだと思います。
 このように、仏の持つイメージとはとは対極にあるのが「乾屎橛」ですが、それを敢えて仏と呼んだ雲門禅師の真意は一体どこにあるのでしょう。以下は、私見です。
 最も不浄と考えられるものも、実は清浄なものである…、私たちは、この逆説の中から学び取らなくてはならないのではないでしょうか。
 具体的には、言葉や知識、概念や論理などを疑ってみるということです。実相と表現との間にあるギャップを認識することと言い換えることもできるかも知れません。そこには、埋めることのできない溝があるということです。
 玄侑宗久氏は別の著作本『ベラボーな生活』の中で面白い体験談を披瀝しています。氏が修行道場に入門してまだ間もないころの出来事として紹介されているものです。次のような話です。
 ―先輩の修行僧と三人でトラックに乗って畑に入れる牛糞をもらいに農家に出かけた。臭いにはだんだん馴れたが、積み込みが終盤にさしかかったころ、先輩から「スコップじゃ無理だから手を使って」と言われた。思わず「大丈夫ですか?」と聞いたが、逆に「汚いと思うのか?」という反応…。躊躇しながらうなずくと「牛の糞が、何でどんなふうに汚いのか、説明してくれないか?」と返された。結局、答えようがなく、顔を歪めながら牛糞の中に両手を突っ込んだ―。
 これを先輩僧からの“いじめ”などと捉えてはならないことは言うまでもないでしょう。玄侑氏は、このことを振り返り、次のように述懐しています。
 「私は後に知った。考えてみれば、何かを汚いと思う自分の料簡(りょうけん)こそ、狭く汚いのではないか?単に自分にとって他者であるというだけで、他者なりにまっとうに生きている生物すら、我々は「ばい菌」と呼んで汚がったりしている。(中略)牛糞を掴みたいわけではないが、あまりにも根拠のない「汚さ」が、世の中に多過ぎはしないだろうか?
(以下、④/④につづく)

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