2015
08.03

竹が割れた ②/④

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SDsW1oz.jpg [富山大空襲の画像]
 では、「雪を払い落としながら倒れていった竹」を見ていた「私」とは、いったい何に喩えることができるでしょう。
 私見ではありますが、それは現在を生きる私たち自身ではないかと思うのです。
 日本は、終戦後の混乱期をたくましく生き抜き、見事な復興と成長を遂げてきました。そして、世界を驚嘆させるほどの繁栄の一時期も歩んできました。しかし、現在の日本の姿に、以前のような輝きはありません。明らかに陰りが見えます。景気、雇用、少子高齢化、年金、医療、税金など、様々な問題が不安要素として浮かび上がり、人々の間には不平や不満の声が多く聞かれるようになりました。                     
 ただ、そうではあっても、戦争で犠牲になった人々に思いを馳せるとき、別な感慨が沸き上がってきます。端的に言うなら、これらの社会問題や個人的な不平、不満も、所詮は平時下での労苦であり、直ちに、私たちの命を脅かされるほどのものではないということです。
 以前にも紹介したことがありましたが(「生かされて伝える」を参照)、奈良薬師寺の元管主 高田好胤(たかだこういん)氏は書籍『観音経法話』(偈頌の巻)の中でに次のように述べています。
 厳粛な死ということ自体こそ、最大の遺産であると申し上げたいのです。…それをどのように受け止めて生かしていくのか、…その中から、親が子が、そして夫が妻が残してくれた人生が、自分自身の中に誕生してくれるはずです。
 戦争で犠牲になった多くの人々が残した人生は、今を生きる私たち自身の中に生きているという指摘です。たいへん重い言葉だと思います。
 「雪を払い落としながら倒れていった竹」を見ていた「私」を、現在を生きる自分自身と一体化して捉えるなら、今、私たちが抱えている個人的な不平や不満、恨みや辛みなどは、取るに足らぬもの言えるのかも知れません。
 もちろん、戦争中、戦争直後に人々が味わった労苦と今のそれとは、次元の異なるものです。単純な比較が不適切であることはよく承知をしています。しかし、私たちは、個人的な不平や不満を口にする前に、戦争によって図らずも落命という運命をたどった多くの人々のことに深く思いを致すべきではないかと思うのです。ちなみに、蛇足ではありますが、私は、戦後生まれです。(以下、③/④につづく)

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2015
08.07

竹が割れた ③/④

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 ところで、竹林に降り積もった雪が、ある瞬間、一本の竹の劇的な変化によって払い落とされ、明るい日差しが入ってくる様子を目撃しただけで、このような詩にできる星野富弘氏(以下、作者とします)の豊かな感性には、敬服するばかりです。その繊細さ、しなやかさ、清らかさなど、わたしのような凡人が持ち得ないものです。
 また、作者は、竹のことを親しみを込めて「おまえ」と呼んでいます。作者にとって、竹はどんな存在なのでしょう。少なくとも、作者の中には「人間は万物の霊長である」との意識はないだろうと思います。竹と人間とを同等・同値のものとして捉えない限り、このような詩は書けないはずです。竹を“心を持つもの”として見ているということなのだと思います。
 仏教には「山川草木悉有仏性(さんせんそうもくしつうぶっしょう)」という考え方があります。文字どおり、山や川、草や木にも仏性(仏の性質)があるということです。キリスト教の洗礼を受けているという作者の意には沿わないかもしれませんが、そのバックボーンには、この思想に近いものがあるように思われてなりません。
 竹を、単に一植物として見るのではなく、“心を持つもの”あるいは“仏の性質を持つもの”として捉えることで、見え方は全く違ってきます。
 以前にも紹介したように、仏教には「自未得度先度他(じみとくどせんどた)」という言葉があります。自分を救うことよりも先に、相手を救うことこそ尊いという、「大乗仏教」の根本を支える思想です。「自他一如」もこの思想に連なるものです。
 その意味で、割れた竹は、まさに「自未得度先度他」の実践者とも言えます。その有り様を、人間の有り様に重ね合わせたとき、心洗われるような感覚に襲われるのは私だけでしょうか。  (以下、④/④につづく)


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2015
08.11

竹が割れた ④/④

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hoshino01.jpg [星野富弘氏]

 ところで、これまでも何度も紹介してきたように、仏教には「無情説法(むじょうせっぽう)」という思想があります。動物や植物、あるときは鉱物なども含めなど、無情、つまり「心」を持たぬものでも、無言のままに真理を説いているという考え方です。
 「心」は、意識と同義と受け止めてよいかと思います。意識から離れてあることを「悟り」と定義するなら、これらのものたちは、すでに悟っている、故に、彼らは、そのまま(の姿)で「仏」であると見るのが仏教の立場です。したがって、無情の説法を聴くということは、私たちのもつ「人間は万物の霊長である」という驕りを正すことに他なりません。
 私的なことですが、幼いときに育った家の裏には、竹藪がありました。小さな竹藪ではありましたが、太い孟宗竹が昼間も日差しを妨げるほど密集していました。決して雪深い地域ではありませんでしたが、大雪に竹藪が覆われた光景は、今でも思い出すことができます。
 今、その竹藪は残っていませんが、もし、同じような光景に接したとき、私にも星野富弘氏のような見方ができるかと言えば、それはとても叶わないでしょう。竹を“心を持つもの”として観ていける…。それは、星野氏だからできることなのだろうと思うのです。
 首から下の自由を失うなどということは、私たち健常者からすれば想像もつかないようなハンディです。しかし、逆に、それが自然にあるものたちとの一体感を生み出す力になっているのではないか…。不謹慎という誹りを受けるかも知れませんが、そんな思いも湧いてきます。
 禅が目指すところは、“自分の中にある自然に気づくこと”にあるという言葉を聞いたことがあります(山川宗玄老師[岐阜県 正眼寺住職]の言葉)。“自分の中にある自然”というのは、自我(煩悩)から離れることによって得られる、「自他一如」につながる原初的な感覚の働きのことではないでしょうか。すべての「いのち」は無限の関係性の中にあり、つながりのない「いのち」などこの世には存在しないという直感的な気づきのことです
 私たちは、日々、自我(煩悩)に引きづられ、縛られ、迷いながら生きています。そして、いつも右往左往しています。勝手な想像ではありますが、星野氏は、身体の自由を失ったとことで、逆に自我(煩悩)の影響から解き放たれ、人間本来の感覚を蘇らせたのかもしれません。そして、そのことにより草花など、自然界にあるものに対する優しくも、しなやかで細やかな感覚や感情が芽生え、あのような心に響く絵や文が生み出されているのかもしれません。
 私のような凡人に、果たして、そのような境地の訪れる日がくるのでしょうか。生きている間に少しでも近づきたいと思うのですが、それがとても難しいのです。厄介なことです。(〆)

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次回は、「布袋さんの笑顔」を掲載(3回配信)します。ぜひ、ご訪問ください。
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2015
08.17

「布袋さんの笑顔」①/③

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 「布袋(ほてい)さん」と聞いたときとき、読者は何を思い浮かべるでしょうか。おそらくは、お正月によく目にする、宝船に乗った七福神の一人、あの布袋さんではないでしょうか。満面に笑みを浮かべ、大きなお腹を丸出しにして大きな袋を肩に担いだあの布袋さんです。
 ところで、京都・宇治の萬福寺(黄檗宗大本山)の伽藍の一つである天王殿には、その布袋さんが本尊として祀られています。それも弥勒菩薩(みろくぼさつ)の名称で崇められています。たいへん珍しいことではありますが、これには次のような理由があります。
 萬福寺は、1654年、明代に渡来した臨済宗の禅僧、隠元隆琦(いんげんりゅうき)禅師を開山とするお寺です。このために境内にある建物はすべて中国風で、お経も中国風に読み上げられ、銅鑼や鐘なども使われます。また、中国では、布袋さんは、弥勒菩薩の化身とされ、古くから寺院の主要な仏堂に安置されてきました。萬福寺もこれに倣ったものと推測されます。
 ところで、布袋さんは、宝船のイメージなどから、架空の人物のように思われるかもしれませんが、実在の人物です。調べてみると次のようなことが分かりました。
 本来の名を釈契此(しゃくけいし)といい、唐末の明州(現在の中国浙江省)の出身という説もありますが、詳細は分かっていません。臨済宗の僧であったとされ、常に袋を背負っていたことから布袋という俗称がつけられたようです。そのために、布袋和尚(ほていおしょう)とも呼ばれることもあります。
 布袋さんは、寺に住むわけでもなく、処処を泊まり歩き、袋を担いで町に出ては吉凶、晴雨を予言し、よく当てたといいます。また、生臭ものであっても構わず施しを受け、あの大きな袋に入れていたといいます。     
 ちなみに、布袋さんを弥勒菩薩とする理由ですが、その最期に「弥勒、真の弥勒、千百億に分身す。時々に時人(人)に示すも、時人知らず」という遺偈(ゆいげ)を残したことにあるようです。これがもとになり布袋さんは、無数に分身した弥勒菩薩の一人とされたようです。(以下、②/③につづく)
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2015
08.21

「布袋さんの笑顔」②/③

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 布袋さんの特徴と魅力は、何と言ってもその上機嫌な顔ではないでしょうか。人と接するとき、笑い以上のもてなしはあるでしょうか。カネでもない、モノでもない、心底からの無邪気な笑顔こそは、天下無敵だと思います。卑近な例ではありますが、そのことは幼児の笑顔がよく証明していると思います。
 玄侑宗久氏はその著書「禅語遊心」の中で、布袋さんの笑いに触れ、「笑いは、あらゆる問題を融和へと導く。(中略)笑いこそ利他行の必要条件なのである」と述べていますが、その通りだと思います。
 こんな布袋さんのイメージを膨らませるとき、あいだみつをの詩「ただいるだけで」を思い出します。


 ただいるだけで
  あなたがそこに / ただいるだけで
  その場の空気が / あかるくなる
  あなたがそこに / ただいるだけで
  みんなのこころが / やすらぐ
  そんな / あなたにわたしも
  なりたい


 ただそばにいるだけで明るくなる、安らぐ、癒される…。勝手な推測ですが、禅にも深く傾倒していたという作者は、この詩を布袋さんをイメージして作ったのではないでしょうか。
 それにしても、布袋さんは、なぜいつもあんなに無邪気に笑っていられるのでしょう。どんな相手も無条件に認められるのでしょう。以下、私見を述べたいと思います。
 それは、並はずれた俯瞰力、達観力にあるのではないでしょうか。人間は、誰も自分の物差しを持っています。そして、それによって相手を測り、自分に合わない場合は避けたり、遠ざけたりして、なかなか折り合うということがありません。また、自分の物差しこそ正しいと思い込み、それを疑ったり、顧みることは少ないものです。そんな人間同士が出会っても、笑いは生まれないでしょう。
 では、布袋さんの場合はどうでしょう。「万物と我と一体」「天地と我と同根」という、いわゆる“絶対平等”を地でいく生き方を貫いたのでしょうか。そうは、思えません。布袋さんは、決して世捨て人ではありませんでした。街に出ては民衆と交わり、吉凶、晴雨を予言したと云います。また、施しも受けていました。布袋さんは、一切の“差別”を頭から否定していたのではないと思うのです。
(以下、②/③につづく)
 
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2015
08.25

「布袋さんの笑顔」③/③

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d0178825_9293918.jpg  [「十牛図」第十より]

 『般若心経』の有名な一節に「色即是空、空即是色」があります。「色」はあらゆる有形物を意味し、「空」は、無形物(見えず、聞こえず、嗅げず、味わえず、触れられないもの)を意味します。したがって、ごく平易にいうなら、あらゆる有形物は、無形物に変化し、また無形物は、あらゆる有形物に変化するということです。後半の「空即是色」に着目していうなら、「空」すなわち“平等”の世界は、常に「色」すなわち“差別”という形をとってしか現れようがないということになるでしょう。つまり「平等即差別」ということです。
 布袋さんは、この真理に目覚めていたのではないかと思うのです。本来は“平等”であっても、現実には“差別”という形でしか存在できない。その真実に目覚めることで得られる俯瞰力、達観力によって、相手を無条件に認めることができたのではないでしょうか。
 「柳は緑 花は紅(やなぎはみどり はなはくれないという有名な禅語があります。文字どおり、柳は緑色であり、花(この場合は桃の花)は紅色であるというごく当たり前のことを述べたものですが、これは、「柳は緑色」であることが真理があり、「花は紅色」であることが真理であるということです。柳は花にはなれません。花も柳にはなれません。比較しても何の意味もありません。共にそのままで最高の在り方であるということです。
 勝手な推測ですが、布袋さんには、“差別”(あるいは“違い”)をそのままに認めていくことが最も理にかなっているという信念があったのではないでしょうか。それが、誰に会っても
 「そうか、あんたみたいな人もいるんだなぁ。それはそれでいいわなぁ。ガッーハッハッハッ…」
ということになるのだと思います。
 『悟り』への道程を十段階で図説したものに「十牛図(じゅうぎゅうず(中国宋代に編纂)がありますが、その最終(十番目)の段階で、布袋さんらしき人物が描かれています。これからも分かるように、布袋さんは、明らかに『悟り』の姿の象徴なのだと思います。
 私には到底たどり着くことのできない境地ではありますが、幸い拙宅には物心ついた頃から布袋さんの置物があります。心の中に波風が生じたとき、それを眺めながら、少しでも俯瞰力、達観力を養い、心穏やかに過ごせていけたらと考えているところです。(〆)
 
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2015
08.29

「ギャラリー38」

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◎これまで掲載した水をテーマにした写真を「ギャラリー37」としてまとめました。 

  水は百面相 どれも水の顔には違いない 
  しかし どれも本当の顔ではない 
  心も同じこと 

※今回の撮影地は、いずれも名古屋港水族館です。
 

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次回は「風流について」を掲載(3回配信)します。ぜひ、ご訪問ください。
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