2015
07.04

「耳で見る 目で聞く」③/③

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slide_316815_2906253_free.jpg  [テイク・ナット・ハン禅師]

 ベトナム人の著名な禅僧にテイク・ナット・ハンという方があります(以下、ハン禅師とします)。ハン禅師は、その著書『般若心経』の中で次のように語りかけているそうです。
「みなさんは、この一枚の紙に雲が見えますか」と。
 まるで禅問答のようですが、これには、次のような主旨があるようです。
 言うまでもなく、紙は樹木からできたものです。樹木は太陽の光を浴び、雨を受けて育ちます。その雨は雲から落ちてきます。そして、雲は海からの蒸気によってできます。また、樹木からの蒸散作用により作られる雲もあるはずです。つまり、一枚の紙も大自然の絶えざる循環の中にあるということです。
 また、これを拡大解釈するなら、樹木を切った人、それを運んだ人、それを紙の原料にするためのパルプにした人、それをもとに紙にした人、それを私たちの手元まで運んだ人等がいるはずです。手元にある一枚の紙も、このように実に様々な「縁」を結んで、ここにあるということになるでしょう。
 ところが、私たちは、ふだん、目の前にある紙をこのようには見ていません。「きれいな紙だな、文字は書けるだろうか…」、「折り紙にはなりそうだが、ティシュペーパーには使えそうもないな…」、「十枚買ったらいくらくらいするだろうか」等々、私たちの意識は、せいぜいこんなところに留まるのではないでしょうか。
  ハン禅師が伝えようとしていること、それは、私たちは、眼に見える世界の中にだけを生きているのではなく、見えない世界の中にも生きているという動かし難い真実なのではないでしょうか。「一即多」「多即一」「万物と我と一体」「天地と我と同根」…、私たち人間を含む森羅万象が、例外なくこの真実の中にあります。
しかし、私たちにはそれがなかなか見えません。

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 私たちが、無限大(さらには宇宙大)に広がる「縁」に結ばれた背景にまで眼を向けるためには、一度、眼をつむらないとそのものを感じられないのかも知れません。ハン禅師の問いかけも、大燈国師の和歌に込められたメッセージに共通するのだと思うのです。(〆) 

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次回は、「達磨にヒゲはない」を掲載(4回配信)します。ぜひ、ご訪問ください。
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2015
07.08

「達磨にヒゲはない?」①/④

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IMG_5495.jpg [拙宅の達磨図]

 臨済宗で重視されている禅問答集「無門関」の中に、「達磨(だるま)にヒゲがないのはなぜか?」という面白い問いかけがあります。達磨は、禅宗の宗祖とされる人物です。そのために鼻祖(びそ)などとも呼ばれることもあります。顔の中で一番前に出ているのが鼻だから、禅宗にあって最も早く登場した達磨のことをこう呼ぶのだと聞きました。
 日本に伝わる禅宗は、臨済宗、曹洞宗、そして黄檗宗がありますが、いずれの宗派も、その法脈は達磨に起原があります。インドから(一説には中東から)中国に渡った達磨の法脈は、その後、二祖慧可、三祖僧燦、四祖道信、五祖弘忍、六祖慧能と受け継がれ、臨済宗、曹洞宗として、平安時代から鎌倉時代に日本伝わりました。また、黄檗宗は、臨済宗の傍系として、江戸時代に日本で定着しました。このように、禅宗にあって、特別な存在であるのがこの達磨です。
 そこで、「達磨のヒゲ」のことです。達磨と言えば、あの“必勝だるま”などにも見られるように、多くの人が、太い眉毛とギョロリとした眼、そして黒々とした豊かなヒゲをたくわえた、あの怖い顔を思い浮かべるのではないでしょうか。
 伝説によれば、達磨はインドの人ということですから、ヒゲがあるのは当然のことのように思われます。もしヒゲがなかったとしたら、“それは達磨ではない”と言っても、誰からもとがめられることはないと思います。ところが、この禅問答では、その達磨にヒゲがない訳を問われます。
 様々な見方ができるかと思いますが、一つには、達磨にヒゲがあるという固定観念を打ち破る意味もあるようです。「達磨=ヒゲ」という定番を疑ってみるということです。これを発展させると、そもそも達磨とは何か?という問いにもなります。同様にヒゲとは何かという問いにもなります。何を指して達磨と呼び、何を指してヒゲと言うのかということが問題になってきます。
 ただ、こうなると、“あまちゃん”に眉毛がないのはなぜか?とか“安部総理大臣”がハゲているのはなぜかか?などという、とんでもない話になってきます。そこで、話を少し整理をしたいと思います。(以下、②/④につづく) 

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2015
07.12

「達磨にヒゲはない?」②/④

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daruma2.jpg [白隠禅師の達磨図]

 独りよがりな解釈ではありますが、「達磨にヒゲがないのはなぜか?」という問いは、実は「ヒゲのない達磨とはいったい何か?」を問うものではないかと思うのです。ただし、この場合の達磨には、歴史上の人物としての達磨(正式には菩提達磨[ぼだいだるま]と呼ばれる)の他に、別の意味があることをおさえておく必要があります。
 達磨は、「ダルマ」と発音されますが、サンスクリット語では、「ダンマ」、あるいは、「ダーマ」と発音されるようです。そして、この言葉には「真理」、あるいは「法」などの意味があるようです。
 そこで、この禅問答ですが、考えを進めていくための手がかりとして、山田無文老師の言葉を紹介させていただきます。 

 達磨さんになぜヒゲがないか、いかにも矛盾したことを言われたようであるが、「般若心経」をご覧になると「無眼耳鼻舌身意」と書いてある。眼もなければ、耳もない、鼻もなければ舌もない、体もなければ意識もないと書かれている。皆さんは平気であれを読んでおられる…。それが納得できたら(達磨に)ヒゲがないというのも、納得していただけるはずである。
 無文老師によれば、眼も、耳も、鼻も、舌も、体も、意識もない達磨がいるということです。一体、何のことを言っているのでしょうか?もし仮にそのような達磨がいるとしたら、ヒゲがないのなどというのは当たり前のことになります。
 以下、このことをもう少し掘り下げてみたいと思います。(以下、③/④につづく)

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2015
07.16

「達磨にヒゲはない?」③/④

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  一例として、私たちが「眼」で何かを見る場合のことを考えてみます。美術館へ行って作品を鑑賞するとしましょう。このとき、私たちは、作品を観る前に、どのような準備をするでしょうか。目の悪い人は、眼鏡をかけるかも知れません。あるいは、よりよく見えるようにと眼鏡をかけ替える人もあるかも知れません。また、眼鏡の汚れを拭き落としてから入館する人もいるかと思います。持参した目薬を差す人もあるかも知れません。いずれの場合も、私たちは、「眼」というものを強く意識しているはずです。
 しかし、散歩をしていて、偶然、美しい花を見つけたときはどうでしょう。花にじっと「眼」をやり、その場にたたずんでいるような場合です。そのとき、私たちは、自分の「眼」を意識しているでしょうか。恐らくは、全く意識していないと思います。文字どおり、花に「眼」を奪われているのだと思います。確かに「眼」はあるのに、それを意識することはない…。これが「無眼」ということではないでしょうか。
 耳、鼻、舌、体(触覚)の場合にも同様の状況が起こり得ます。期せずして、お寺の鐘を聴いたとき、花の香りに気づいたとき、あるいは、思いがけず香辛料を口にしたとき、あるいは、酷暑の折、空調の効いた部屋に入ったときなど、私たちは、感覚器官の存在を全く意識していないと思います。
 『般若心経』では、これらのことを「無眼耳鼻舌身意」と言っているのではないかと思うのです。「ある」とも言えるし、「ない」とも言える状態のことです。
 このように、私たちは、経験上、無意識のうちに感覚器官が働く場合があることを知っています。では、そのとき、感覚器官を働かせ、外部からの情報を収集している主体者は誰なのでしょうか?
 私見ではありますが、それが、「ヒゲのない達磨(もちろん眼も、耳も、鼻も、舌も、体も、意識もない)」なのだと思います。(以下、④/④につづく)

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2015
07.20

「達磨にヒゲはない?」④/④

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rinnzai.jpg [臨済禅師]

 そこで思い出すのが、唐の時代に活躍した臨済宗の宗祖、臨済義玄(りんざいぎげん)の言葉です。

赤肉団上(しゃくにくだんじょう)に一無位(いちむい)の真人(しんにん)あり。常に汝ら諸人の面門(めんもん)より出入す。未だ証拠(しょうこ)せざるも者は、看(み)よ看よ。」
 臨済が、修行僧たちに説いた講義の中にあるたいへん有名な言葉です。要約すると、「誰の肉体にも、姿も形もない『真人』がいる…。いつも顔の穴から出たり入ったりしている…。まだそのことが確かめられない者は早く見つけよ…。」ということになります。
 ちなみに、顔の穴というのは、眼、耳、鼻、口などのことを指しているようです。五官と置き換えてよいかと思います。 臨済禅の厳しい修行は、この「真人」をつかむことが最終目的だとされます。この「真人」こそが「ヒゲのない達磨」でないかと思うのです。
 では、どうしたら「ヒゲのない達磨」をつかむことができるのでしょうか?ここは、再び無文老師の言葉を頼りにするしかありません。

 道元禅師は、「仏道をならうというは、自己をならうなり、自己をならうというは、自己をわするるなり」と示しておられるが、自分を忘れることが、一番、救われる近道である。現代人は、とかく自分を固守し、自我を主張し、少しでも自己の欲望を満足させようと努力しておるように見受けられるが、それは本当の幸せではあるまいと思う。…自分を忘れたときが、人間一番幸せである。

 「自分を忘れたとき…」、これがこの禅問答に臨むときの鍵になるのではいかと思います。「ヒゲのない達磨」…。それは、無意識に導かれたときに現れる“もう一人”のことなのではないでしょうか。言い換えるなら、大自然の摂理に随い、時空を超え存在する“永遠の自分”です。「自他一如」を体現する自分と言ってもよいかと思います。
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 読者の中には、ゴミ一つないきれいな公園に、空ペットボトルが転がっていたとき、とっさに、“ここにあるべきものではない!(拾わなければ)”と感じた経験はないでしょうか。また、見ず知らずの幼い子どもが、目の前で転んでしまったとき、とっさに“危ない!(助けなければ)”と感じた経験はないでしょうか。あるいは、報道などにより大きな災害の事実を知ったとき、とっさに“気の毒なことだ!(何か力になりたい)”と感じた経験はないでしょうか。これらは、無意識に導かれて生じる感情だと思います。それが「ヒゲのない達磨」が働いているときなのではないでしょうか。
 「ヒゲのない達磨」に導かれて行動することが、一番幸せであるということは、それが最も「ダルマ」、つまり「真理」、あるいは「法」にかなった人の生き方であるということなのだと思います。私は、それを信じたいのです。 (〆)

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2015
07.24

ギャラリー37

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◎これまで掲載した水をテーマにした写真を「ギャラリー37」としてまとめました。 

 水は百面相 どれも水の顔には違いない 
 しかし どれも本当の顔ではない 
 心も同じこと 

1~5は、岡崎市の東公園で、6・7は、名古屋港水族館で撮影したものです。6・7は南極観測船「ふじ」の船影が水面に写り込んだものです。


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次回は「竹が割れた」を掲載(4回配信)します。配信は、7月30日(木)からです。ぜひ、ご訪問ください。

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2015
07.30

竹が割れた ①/④

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星野富弘氏による、次のような詩に出会いました。


 竹が割れた
 
こらえにこられて倒れた
 しかし竹よ その時 おまえが
 共に苦しむ仲間達の背の雪を
 払い落としながら倒れていったのを
 私は 見ていたよ

 ほら倒れているおまえの上に
 あんなに沢山の仲間が
 起き上がっている 


     読者は、この詩をどのように受け止められたでしょうか?雪に覆われた竹林に訪れた一瞬の変化を描いたものではありますが、単なる自然の一風景として受け止められた方は少ないのではないでしょうか。
 ご存じの通り、作者の星野富弘氏は、24歳のとき、体育教師としてクラブ活動の指導をしていたとき、不運にも頸椎を損傷し、首の下からの運動機能をすべて失うという大きなハンディを負いました。しかし、それにもかかわらず、口に筆をくわえて文や絵を描き、観る人に大きな感動を与えている詩人・画家です。その星野氏が作った詩であるということに特別な感慨を持つのは私だけではないと思います。
 星野氏の意に背くことになるのかもしれませんが、私は、この竹林に人間の有り様を重ね合わせてしまいます。今年も終戦記念日が近づきました。78年前に起きた盧溝橋事件(ろこうきょうじけん)に端を発して日中戦争が始まり、その後、日本は太平洋戦争へと突き進んでいきました。そして、1945年8月15日の終戦に至るまで、一連の戦争を通して、甚大な人的被害、物的被害を受けることになりました。まことに季節外れではあるのですが、雪の重さに堪えに堪えて倒れて割れた竹を、戦争で犠牲になられた人に喩えたら、深読みが過ぎるでしょうか。
 戦争に伴う労苦は、戦場に行った人、銃後を守った人を問わず、当時の日本国民のすべての人々に等しくのしかかっていたはずです。そして、その中で人々は耐え難きを耐え、忍び難きを忍びながら、日本の勝利を信じ、必死に生き抜こうとしてきたのだと思います。
 終戦を迎えたとき、戦場で命を落とした人、あるいは原爆投下も含め、空襲によって命を落とした人は、まさにこの詩の“割れて倒れた竹”のように、戦争という大きな悲劇を背負い、それを払い落とすようにしながら、彼の地へ旅立たれたのではないでしょうか。そして、生き残った人々は、その跡にたくましく復興の歩みを始めたのだと思います。(以下、②/④につづく)

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