2015
01.01

「親死子死孫死」①/③

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 新年、明けましておめでとうございます。
 つたない内容ではありますが、本年も、ブログ「無相の水」をどうぞよろしくお願いいたします。

img_0.jpg[仙厓画]
 新年早々、まことに不相応な表題で申し訳ありません。今回は、江戸時代後期に活躍した臨済宗の禅僧、仙厓禅師(せんがいぜんじ)の逸話を紹介します。
 仙厓は、厳しい修行を経て悟りの境地に到達した禅僧でありながら、洒脱、奔放な生き方や飄々として飾り気のない禅画などで、当時、多くの人々に愛された異色の僧でした。その姿は、破れ衣に尻切れわらじといいます。
 多くの面白い逸話が残されていますが、次に紹介するのは、その中の一つです。 あるとき、檀家の一人から、掛け軸にしたいというので、一番めでたい言葉を書いてもらえないかと頼まれます。快く引き受けた仙厓は、筆を手にすると「父死子死孫死」の六文字を書きます。驚いた依頼者は不平顔で言います。
 「和尚さん、いくら何でもこんな不吉な文字は床の間にかけられませんよ。」すると仙厓は
 「そんなことはあるまい。父が死んで、その次に子が死んで、その次に孫が死ぬ。みんなが寿命を全うし順に死んでいく。これほどめでたいことがあろうか。いやならおまえさんは、孫を死なせ、子を死なせ、そうして悲嘆のうちに後から死にやれ。」
と言い放ちます。これを聞いた依頼者は、大いに納得し、大喜びでその文字を家に持ち帰ったというのです。仙厓が放ったいわばブラックユーモアのようなものですが、いかにも禅僧らしい発想だと思います。
 もう一つ、仙厓に倣って、縁起の悪い話にお付き合いいただきたいと思います。気分の悪い方は、この先は、無視していただいて結構です。
 『仏教聖典』の「第4章煩悩」「第3節 現実の人生」の中(その4)に掲載されている一文です。「増支部経」という経典にあるもので、釈迦の言葉として伝えられているものの一つです。(以下、②/③につづく)

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2015
01.05

「親死子死孫死」②/③

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  人間世界において悪事をなし、死んで地獄に堕ちた罪人に閻魔大王が尋ねた。
 「お前は人間世界にいたとき、3人の天使に会わなかったか。」
 「大王よ、わたくしはそのような方には会いませんでした。」
 「それでは、おまえは年老いて腰を曲げ、杖にすがって、よぼよぼしている人を見なかったか。」
 「大王よ、そういう老人ならば、いくらでも見ました」
 「おまえはその天使に会いながら、自分も老いゆくものであり、急いで善をなさなければならないと思わず、今日の報いを受けるようになった。」
 「おまえは病にかかり、ひとりで寝起きもできず、見るも哀れにやつれ果てた人を見なかったか。」
 「大王よ、そういう病人ならいくらでも見ました。」
 「おまえは病人というその天使に会いながら、自分も病まなければならない者であることを思わず、あまりにもおろそかであったから、その病によってこの地獄にくることになったのだ」
 「次に、おまえは、おまえの周囲で死んだ人を見なかったか。」
 「大王よ、死人ならば、わたくしはいくらでも見てまいりました。」
 「おまえは、死をいましめ告げる天使に会いながら、死を思わず善をなすことを怠って、この報いをうけることになった。お前自身のしたことは、おまえ自身がその報いを受けなければならない。」


 人間にとって「老・病・死」が避けられないものです。いわゆる諸行無常です。そして、その宿命的な事柄に対してどのように向き合い、対処したかが問われています。「老・病・死」を天使としているところが、逆説的で興味深いところでもあります。
 閻魔大王からの問いかけは、今を生きる私たちに誠に耳が痛い、身につまされるものばかりです。このような視点から極楽行き地獄行きが決められるとしたら、間違いなく、私は地獄行きだと思います。
 もちろんこれはあくまでも例え話です。地獄、閻魔大王など、架空のものとして斬り捨ててしまえば、この話に、何の説得力もありません。
 しかし、そうは言っても、この種の話に触れたとき、私たちの心のどこかに引っかかるものがあるのはなぜなのでしょうか。思えば不思議なことです。(以下、③/③につづく)

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2015
01.09

「親死子死孫死」③/③

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 そこで、思い出すのは、スティーブ・ジョブズ氏のことです。今さら言うまでもないことですが、ジョブズ氏は、ITの革新者として世界的に名の知られたアップル社創設者です。2011年、56歳の若さで逝去しています。
 ご存じの読者もあるかと思いますが、ジョブズ氏は禅に深く傾倒していました。若いときに禅の思想に触れ、毎日を“人生最後の日”と思って生きることの大切さを痛感したといいます。また、来日時には、曹洞宗の大本山である永平寺を訪れ、出家を申し出たようです。当時の国際布教師に止められ、思いとどまったとのことですが、結婚式は仏式で行ったと聞きます。
 ジョブズ氏は、その人生を通じて「もし今日が人生最後の日だとしたら、私は今日これからやろうとしていることを本当にやるだろうか」と自問を続けたといいます。 また、2005年には、スタンフォード大学の卒業スピーチで、次のように語りました。一部、紹介します。


 自分が間もなく死ぬことを覚えておくことは人生の重要な決断を助けてくれる。(それは)私が知る限り最も重要な道具だ。なぜならほとんどすべてのこと、つまり他の人からの期待やあらゆる種類のプライド、恥や失敗に対するいろいろな恐れ、これらのことは死を前にして消えてしまい、真に重要なことだけが残るからだ。いつかは死ぬということを覚えておくことは、そのような落とし穴を避けるための私が知る最前の方法である。(それをなすことによって)何かを失うと考えてしまう落とし穴を。
                (福島伸悦著『随流古』より)


 禅の思想を貫く「本来無一物(ほんらいむいちもつ)」という基本理念をもとに持論を語ったものと受け止められます。私たちの精神も肉体も、全ては借り物であるという本源的な自覚です。
 いつかは死ぬということを意識して日々の生活をすることで、ものの見方、考え方が落ち着き、心が調えられて、本当に大切なものが見えてくるということでしょう。それが、より充実した生き方につながるということなのだと思います。ジョブズ氏の深い境地には、憧憬の念を禁じ得ません。

 仙厓禅師の“へそ曲がり”精神に倣うなら、一年の計ともなる時期だからこそ、死の問題に正面から向き合うことに意義があるということになるのでしょうか。新年を迎えるにあたり、ふだんの生活を見つめ直し、襟を正し、一日一日を悔いなく生きることを改めて肝に銘じたいものだと思います。(〆)
 
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2015
01.13

ギャラリー32

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   ◎これまで掲載した水をテーマにした写真を「ギャラリー32」としてまとめました。 

 水は百面相 どれも水の顔には違いない 
 しかし どれも本当の顔ではない 
 心も同じこと 

※今回の撮影地は、いずれも西尾市歴史公園です。(ただし1は除く)


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次回は『阿修羅と帝釈天』を掲載(3回配信)します。ぜひ、ご訪問ください。
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2015
01.17

「阿修羅と帝釈天」①/③

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ashuraBuddha470top20090908213548519.jpg [興福寺・阿修羅像]

 少し前のことになりますが、奈良を訪れた際に、興福寺所蔵の阿修羅像(あしゅらぞう)を拝観してきました。約10年ぶり、2度目の拝観でした。
 阿修羅像は、我が国の国宝になっている仏像群の中でも、もっとも有名なものの一つではないでしょうか。また、仏教への興味は薄くても、この仏像に惹かれる人も多いのではないでしょうか。
 その魅力は何でしょう。均整の取れたスタイルで、いかにも身が軽そうです。そして、その表情は、美少年の様相です。やや眉目を寄せ、憂いを含んでいるようにも見えますが、それがその内面にあるものをものを想像させ、より魅力を高めているのかも知れません。
 こんなところから、この阿修羅像に一目惚れして仏像に興味を持ったり、仏教に興味を持ったりする人がいるほどだと聞きます。
 しかし、この阿修羅像も、本来はこの像から想像するような優美な神ではなかったようです。阿修羅は、もともと仏教の世界の神ではなかったといいます。それは、西アジアで信仰されていたゾロアスター教(拝火教)の最高神であるアフラマズアにあたるもので、その中では、天界を暴れ廻る鬼神という位置づけだったと言います。
 では、その戦闘相手は誰だったのでしょう。調べてみると、それは古代インド神話のバラモン教のインドラという神だったとありました。阿修羅は、このインドラと渡り合って、荒々しい合戦を繰り返す悪神で、容貌醜怪な札付きの外道とされているのです。
 このような阿修羅ではありましたが、言い伝えによれば、釈迦の教化によって護法神(ごほうしん)となったとされています。こんなところから、阿修羅の神秘な表情は、仏の説法によって迷いから目ざめ、愁眉を開きつつある顔付きだとも言われているようです。この像は見る人の心を捕える理由の一つはここにあるのではないでしょうか。(以下②/③につづく)


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2015
01.21

「阿修羅と帝釈天」②/③

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d397e98b.jpg  [東寺・帝釈天像]

 では、一方のインドラはどうでしょう。インドラというのは、仏教の世界では、帝釈天(たいしゃくてんのことです。阿修羅との戦闘を繰り返したインドラも、阿修羅に同じく、釈迦の説法を聴聞したことで、梵天(ぼんてん)と並んで仏教の二大護法善神(ごほうぜんしん)になったとされています。
 帝釈天と言えば、映画「男はつらいよ」の中で、寅さんの名文句「帝釈天で産湯を使い…」でも有名な仏さまですが、京都・東寺の帝釈天像がよく知られているのではないでしょうか。東寺のそれも、その秀麗な容姿から、阿修羅像同様に、女性から絶大な人気を集めているようです。

 このように、仏教からすれば異教徒にあたるこの二つの神ではありますが、釈迦から教化を受けることによって、仏法の護法神(守護神)として崇められるようになりました。
 ところで、なぜ今回、阿修羅と帝釈天の話を取り上げたかということですが、それには、次のような理由があるからです。
 言うまでもなく、この二神にまつわる逸話は、仏教の都合だけで一方的に仕立てられたものです。ゾロアスター教、バラモン教(後にヒンズー教に継承・発展)の立場からは、それぞれの大切な神が仏教に取り込まれたことは、まったく預かり知らぬことでしょう。それに何の意味もないばかりか、むしろ迷惑なことなのかも知れません。
 しかし、そう言ってしまっては身も蓋もありません。私見ではありますが、この話の中に、仏教固有の世界観と、それに基づくメッセージが見事に表現されていると思うのです。 (以下②/③につづく)

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2015
01.25

「阿修羅と帝釈天」③/③

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 一つには、国籍や肌の色、言葉、文化、思想、信条等の違いを超えて、すべてを受け入れていくというメッセージでしょう。それが異教の人々であっても受け入れていく懐の深さを示しているのだと思います。しかも、それが戦闘に明け暮れる荒ぶる神々であるとすればなおさらです。その受容力の高さには驚くばかりです。
 また一つには、争うことの愚かさや空しさに目を開かせるためのメッセージでしょう。神話の中では、阿修羅と帝釈天という神の世界での争いが描かれていますが、これはそのまま人間の世界にも通じるものです。我欲と我欲、意地と意地、立場と立場のぶつかり合い、そして報復の連鎖など、人間の争いほど、醜く、愚かで空しいものはありません。まさに心の闇とも言うべき所業です。「夢幻泡影(むげんほうえい)」の極みです。
 仏教は、平和の宗教とされます。その理由は、釈迦の説いた世界観がこのようなたぐいまれなる受容力の高さと、冷徹なまでの深い人間洞察に基づいているからではないでしょうか。

  最後に、争いを戒めた釈迦の言葉に耳を傾けたいと思います。


人は生まれながらに口の中に斧が生えている。
愚かな人間は、他人の悪口を言っては、それで自分自身を斬っている。
 〈スッタニパータ〉  

人に対して怒るな。
自分が正しいと思いこんで、誰かをそしるな。
人に腹を立て、その人が愚かだとか悪意に満ちていると鼓吹するな。
そんなことをすると、自分で災いを呼び寄せてしまう。
あたかも、強い風に向かって塵を投げつけたように
自分に不快なことが戻ってくる
。〈サンユッタ・ニカーヤ〉

この世においては、怨みに対して怨みを以て返すなら、
いつまでも怨みが消えることはない。
怨みを捨ててこそ、怨みは消える。
これは永遠の真理だ。
 〈ダンマパダ〉

 
(〆)


ダンマパダ
  原始仏典の一つで、釈迦の語録の形式を取った仏典  

スッタニパータ
  セイロン(現在のスリランカ)に伝えられた、いわゆる南伝仏教のパーリ語経典

サンユッタ・ニカーヤ
    原始仏典の一つで「主題毎に整理された教え」という意味

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次回は、「鬼は内、福は外」を掲載(3回配信)します。ぜひ、ご訪問ください。
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2015
01.29

「鬼は内、福は外」①/③

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84026m.jpg 〈地蔵菩薩〉
 「地蔵和讃じぞうわさんという御詠歌(ごえいか)があると聞きました。そこには、次のようなことが述べられているのだそうです。
  「日が昇ると、二つ三つと十にも満たずに死んだ幼な子が、冥土の賽の河原で、父恋いし母恋いしと泣きながら、重い石を一つずつ運んでは積み上げて、親兄弟のため回向の塔を造り始める。すると、夕方になると、黒い金棒を持った、地獄の鬼がやって来ては、『お前ら何をする。娑婆にいる親の嘆きがかえってお前らを苦しめる種になる。われを恨むなよ』と言いながら、せっかく積上げた塔を金棒で突き崩してしまう。
 こんなとき、お地蔵さんが現れて『娑婆と冥土は遠く離れている。私を冥土の父母だと思って頼りになさい』といって、子どもたちを裳裾の中に入れたり、抱き抱えて撫でさすったりして、憐れんでくださる。まことにありがたいことである」
 
このような筋の物語のようです。
 この話にはまだ続きがあります。次の日になると、幼子は、また賽の河原にやってきて、同じように石を積み始めます。すると、やはり鬼がやってきてその石の塔を突き崩してしまいます。そして、そこへ、またお地蔵さんが登場して、子どもたちを哀れんでくださる…。賽の河原では、毎日、こんなことが繰り返されているというのです。
 ところが、不思議なことに、お地蔵さんは、鬼を排除したりはしません。お地蔵さんの化身は、閻魔大王(えんまだいおう)とされます。閻魔大王の権勢をもってすれば、賽の河原から鬼を追い出すことなど、何でもないように思われるのですが、それをしないというわけです。
 こんな古詩があります。
 「極楽も地獄も己(おの)が身にありて、鬼も仏も心なりけり」
 極楽も地獄も、自分の身の中にあるものであり、その身が鬼になるのも仏になるのも自らの心次第であるという意味だと受け止めています。鬼を排除して、仏だけの社会にしたいというのは、誰もが望むことでしょう。しかし、凡夫には、なかなかそれができないということを詠ったものでしょうか。(以下、②/③へつづく)

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